何もしない、をする

文字数 1,714文字



仕事を辞め、何もしないをする1ヶ月が終わった。4月になってから成し遂げたといえる事は、きちんとゴミを出せているということだ。朝は自然と7時に目が覚めるので、ゴミの日には8時までにゴミ出しを行い、コーヒーを入れて朝ご飯を食べる。燃えるゴミは週二回の回収日があり、毎回欠かさず出すことができている。ゴミを出すだけのために外に出ているのだ。偉業達成といえる。お腹が満たされると自然と眠くなってくるので再びベッドに入る。次に目が覚めるのは大体13時から14時頃なので、起き上がりもせずベッドの中で携帯をさわる。私は面倒くさがりなので横になったままの姿勢で日々を過ごせるように努力している。トイレもギリギリまで我慢し、一度行ったら、そのあと行かなくてもいいように長居をして全てを出し切るように努力する。そのためiPhoneに入る電子書籍はありがたい。横になってもうつ伏せになっても、トイレでも風呂でもどこでも見れるのだ。そしてベッドの中で、さくらももこのエッセイを読みながらニヤニヤして過ごす。時たまTwitterやYouTubeなどで情報収集をして、世間はいまこうなのねと満足したら、またエッセイに戻る。ぐうたらする事に一生懸命なももこに共鳴する。一冊を1日で読み終えてしまうので、あーあ、という気になる。終わらないエッセイが読みたい。エッセイとは、人の生活を覗き見できる素晴らしいものだ。すました顔でいても腹の中ではどんなことを企んでいるのかわからない奴らが多い中で、こんなにも自分を曝け出すエッセイストには一年間税金無しくらいの福利厚生をつけてあげてもいいものだ。そんな人だと思わなかった、という他人からの指摘を受ける覚悟のあるエッセイストは素晴らしいのだ。
私は看護学校の精神科実習の時に自分を曝け出して恥をかいたことがある。それぞれが受け持った患者への関わりで困っていることを共有し相談し合うというカンファレンスが週一回行われる。その中で、実習グループのA子が受け持つ患者の妄想に困っているという議題が上がった。その内容は「患者には帰宅願望があるため理由を聞くと、洗い物をしてないから箸にカビが生えるから帰りたいという。入院しているから帰宅はできないし、箸にカビは生えないですよと言っても安心してもらえないから困っている」というものであった。私は箸にカビが生えないと言い切るA子が不思議であった。そして患者は妄想でもなんでもなく、本当に家の台所が汚いままなのが気になっているんだろうと思った。しかしカンファレンスは進行し「妄想の強い患者には〜」だの「箸にカビが生えることはないのだから、他に不安な事があるからそんな思考に〜」だのディスカッションされている。戦慄した。この人達は、箸にカビを生やしたことがないのだ。カビなんてどこにでも生えるものだ。放置した食パンをはじめ、カーテン、部屋の角、風呂場、洋服だって着ないでしまっていたらカビる。私が箸にカビが生えたのは、食べ終わった箸を水が入ったコップに入れたまま流しに3ヶ月放置した時だ。コップに入っていた水は蒸発し、気が付いた時には箸の先端はフワフワっとした白緑色になっていた。箸にカビは生える。これは妄想でもなんでもなく当然の事実である。この事実をみんなに伝えなければならない、患者の妄想にされてしまうと思った。「あの〜、箸ってカビますよ」と発言する。その場にいる全員が「えっ?」という顔をしている。私は恥ずかしくなり逆に一生懸命にカビが生えるシステムを説明した。無知どもめ。何でそんなことも知らぬのだ。一通り説明が終わると指導者の看護師が「....そう。じゃあカビが生えることもあるって事が知れたからそれを患者さんに伝えてみようか」とナイスフォローが入った。こうして1人の患者の妄想は事実として判決が覆ったのだ。感謝してほしいくらいだ。しかしこのカンファレンスが終わったあとA子に「そんな人だと思わなかった」と言われたため、私の外面はかなり良い方なのだと思われる。そのぶん家では何もしないをする、ということでバランスが取れているのであろう。しかし、カビは無いにこしたことがない。
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