第2話 あいたい

文字数 995文字

 私と女性はしずかに、それぞれの想念の世界へと入っていきました。さっきシャベルで傷つけられた足が冷たく痛む、でもそれはもしかしたら、女性の心の痛みかもしれません。私にはよく区別がつかない、なんといっても私たちは今、ほとんど一心同体なのですから。

 そんな事をつらつらと想いながら気が付けば雪は溶け、川は流れ魚たちが戻ってきました。まるで枯れ果ててしまったかのような私の枝も、やわらかい緑の葉で覆われていきます。女性の存在はわかりませんが、想念はまだ感じる事ができます。そこにはあの男の人のイメージがあり、二人が複雑に絡み合っているさまが伝わってくるのです。

 さらにしばらく経つと、体じゅうがむずむずしてきました。いよいよ私の花がひらくのです。咲き出すやいなや、人がたくさん押し寄せることでしょう。私は女性の想念に呼びかけました。

「もし、私はもうじき花をつけます。そうすると人がたくさん来ますから、あなたが会いたい男の人も来るかもしれませんね」

「そうね。あの(ひと)来るかしら。わたしに会いにここへ」

 女性の言葉は儚く寂しげで、なんだか可哀想な気がして、私はあの(ひと)が来るといいのにと強く思いました。

「今年はまた、ずいぶん見事に咲いているね」

「うん、なんでも寒暖の差が激しいとよく咲くらしいから、それでじゃない」

「なるほどね」

 私の花を眺めながら、人間たちはそんなことを言っています。しかしそれは、間違っています。私は想念として存在する女性のために、あの(ひと)を呼びたくて力をふりしぼり、いつも以上にたくさんの花を咲かせたのです。

 花が咲けば人が来る。人が来れば彼も来る。きっと。

 私も今では、あの(ひと)を求めてやみません。なぜなら女性のからだは、いまや私の足を伝ってすみずみまで行き渡り、私の美しい花びらのひとひらひとひらを作っているのですから。私と女性は文字通り一心同体となり、私を見ることは、彼女を見ることになるのですから。

 しかしそれは同時に、女性の残された想念のかけらのように儚くせつなく、永くは保たないものでもあるのです。気が付いた時には花びらは風に舞い上げられ、為す術もなくあたり一面に散乱してしまうでしょう、女性の散らしたであろう、あの鮮やかな血しぶきのように。
 
 ずいぶんと長い間、私はここにいるのです。そして私はここで、今日もしずかにずっと待ち焦がれているのです。私の愛しいあの(ひと)を。

(了)

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