ナンヤロナ……〜最終話~「悪寒」

文字数 2,234文字

 「海山沙織・詩織」は、女芸人No.1THEダブルファイナリストの常連である。
 二人は幼馴染で仲の良いコンビであった。美人とブスという構成で放映され、なかなか周りの芸人にいないタイプだった為、視聴者の心を掴んだ。
 大体、ブスの詩織がボケて美人の沙織がツッコむというスタイルであった。売れる前は、注目されるにはどうすれば良いかと二人は考えあぐねて、結果詩織のボケとしゃべくりを磨くという事で落ち着いた。
 
 沙織がインフルエンザに罹り、熱と悪寒に苛まれている最中、詩織がピンでテレビに出演し笑いを届けた。
「もしかして……私、いらないかも」
 沙織は、ふと呟くのであった。
 心に鋭いトゲが刺さる。小さな穴を大きくしたくない。
 
 パーンと両端から大きなクラッカーが、勢いよく中央に向かって飛び出す。観客から大きな拍手と喝采。戦った仲間からも惜しみない拍手。舞台の真ん中に主人公の詩織が笑いながら涙を流している。賞金とトロフィーが主宰者から手渡され、拳を突き上げる。

 沙織は声を上げ、飛び起きる。汗が額から頬を伝う。パジャマも濡れていた。
「夢か……」
 汗を拭き取り、新しいパジャマに着替える。体温を計ると、平熱に戻っていたが、悪寒だけは治らない。身体が震えるくらいであった。
 布団を1枚追加し、横になる。
 自分の顔が美しい事など、芸人にはどうでもいい事。
 ため息をつきながら、先程の「夢」を思い出す。
詩織が自分を捨て、ピン芸人に転身して成功する「正夢」の様な悪夢。
 急に沙織は、恋人である岩田の声が聞きたくなった。

「今、大丈夫?」  
 沙織は、無料通話で発信した。
「どしてん?まだ、しんどいんか?」
 相変わらず、優しい声をしている。
「熱は下がってんけどな……悪寒がすんねん」
 気怠い声で応える。
「熱は下がったんか〜でも、悪寒がするって事はまだ安心できへんし、もう一回病院行ってみたらどうや?」
 包み込む様に話す。
「せやな〜明日、病院行ってくるわ~」
 岩田の声を聞いて、安心感と幸福感を得た沙織。
 仕事の事など考えず、岩田と一緒に居たかった。
 
 久しぶりの仕事に沙織は、番組スタッフや関係者に挨拶周りをする。
「大変だったねぇ~インフルエンザ。でもね、詩織ちゃんがちゃんとカバーしてくれたから大丈夫だったよ」
 贔屓にしてくれている番組プロデューサー言われて、身体が硬直した。
「詩織の実力ですからね……これからもお願いいたします」
 そう言う他なかった。

「鈴香!大丈夫?しんどくない?」
 収録以外ではお互い本名で呼びあっている。幼馴染の名残だ。
「京香……。迷惑かけてごめんね~」
 沙織が開けた穴を埋める為に必死に頑張ってきた。結果、詩織の実力が表面化された様で心の底から笑えない。
「岩ちゃん、鈴香がインフルに罹って自宅療養してる時、めっちゃ悲しそうやったで」
 相方のあんたはどうなの?と、聞きたかったが心の中に秘めた。
 超人気芸人「サザン花」の岩田は今の彼氏で、相方の古川は元彼である。岩田の猛アプローチで、沙織は古川がいるにもかかわらずロック・オンされたのだ。
「サザン花」の女性ファンの間で岩田と沙織の関係を知っている者もいた。沙織の事を妬み、羨み、排除したいと思っているコアなファンもいる。

 レギュラー番組に復帰したがイマイチ調子が出ない。詩織ばかりが目立って、横で苦笑いするしかなかった。
 収録が終わり帰ろうとした時、廊下で古川に出会った。
「どないしてん!!顔色悪いぞ!!」
 驚いた口調で話しかけてきた。
「うん。病院行って薬貰ったんやけど……ちょっとしんどいな〜」
 久しぶりの仕事で、思うような立ち回りが出来なかった事と体調が芳しくないという二重苦に陥っていた。
「収録終わったんやろ?送ってくわ!」
 二人とも、丁度帰るところだった。
 古川は、沙織の手を引っ張り強引に帰路へと向かう。
「古川君!?何してんの?」
 後ろから岩田の声がする。
「何って……鈴香、家まで送っていくねん!」
「それは、俺の役目。鈴香の手、放してくれる?」
 岩田は強い口調で制す。
「お前、ホンマに何やねん。汚い真似して俺から鈴香奪っておいて!」
 岩田の胸ぐらを掴む古川。
「何すんねん!?やめろや!!」
 古川の手を解くと、
「何やねん、じゃあないねんて!!お前がしつこくアプローチするからあかんねんで!!」
 二人が揉み合っている姿を見て沙織が、
「やめて!!」
 と、叫ぶ。
 沙織の制裁を聞かぬ二人は、掴み合って離さない。
「このやろう!!」
 古川が、岩田の頬を思いっきり殴った。
「何すんねん!!」
 岩田も応戦した。
 
 二人が殴り合いになっていると知ったテレビ局の関係者は、こぞって二人を引き離そうとする。
 古川は、止めに入ったスタッフまで殴ってしまう始末。
 沙織は泣きながら、
「やめて〜!!!!」 
と叫び続ける。
 古川と岩田は元は仲が良かった。だが、沙織の事で二人の関係はギクシャクし、敬遠するようになっていった。

 ふと、詩織が沙織の背後へ近づいて来た。
「大騒動やな〜アハハ。一人の女を奪い合う二人の男。なんや〜ドラマみたいやな~鈴香」
 嘲笑うかの様に詩織が話しかけてくる。
「全部あんたが悪いんやからな!優柔不断、そういうところ嫌いやわ!」
 沙織を鋭く睨みつけ、怒鳴った。

 詩織の一言で心が凍てついてしまう。

「ナンヤロナ……また、熱出てきたんかな~悪寒……するわ~」
 か細い声で独り言を言う沙織は、その場で卒倒した。

終わり。
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