デネヴの春

文字数 1,283文字

 桜咲くオセロニア学園のある日。ひと気のない体育館の裏に呼び出されたデネヴは目を見張った。彼を待っていたのは、大人の魅力で男子生徒を魅了している古典の静音先生だった。
「遅いわよ、デネヴ君。レディを待たせるなんて、紳士じゃないわね」
 切れ長な目でデネヴを睨む静音の赤い唇は、いたずらっぽく笑っている。
「すいません。で、何の用ですか?」
 緊張していることを悟られまいと、デネヴはさりげなさを装った。
「ねえデネヴ君、あなた、自分の可能性に気づいてないんじゃないかな」
「え? どういうことですか」
「食わず嫌いっていうか、最初から合わないって決めちゃってない?」
「話がよくわからないんですけど……」
「自分と合わないと思う人を、最初から避けてない? 例えば、どうして先生とパーティを組まないの?」
 静音が立ち足を右前から左前にかえた。スカートの裾から白い太ももがチラリと覗き、デネヴは慌てて視線を逸らした。
「いや、あの、だって先生は俺と相性っていうか。チャージスキルだし、貫通もないし」
「それが食わず嫌いだって言ってるのよ。食べてみないとわからないじゃない」
 静音が濡れた唇を、赤い舌でペロリと舐めた。白いブラウスを着た彼女の胸は、はち切れそうに大きい。目のやり場に困ったデネヴは顔を赤くした。
「未体験なものも、一度味わってみたら?」
「は、はい! そうします!」
 デネヴは体を固くして、直立したまま頭を何度も縦に振った。
「そう、いい子ね。今日はもうお終いよ。またね」
 コツコツとヒールの音を響かせて、静音が去っていく。デネヴは身動きもできずに立ち尽くしていた。
「し、静音先生……」
 乾いた口で呟くと、デネヴはペロリと唇を舐めた。

 次の日の放課後。下駄箱の中に一通の手紙を見つけたデネヴは、はやる気持ちで封を開けた。
「今日の放課後、体育館の裏で待ってます」
 鼓動が一気に高鳴った。昨日話したばかりなのに、もう早速お誘いが!
 髪がはねてないかな、汗臭くないかな。
 高揚した気分で体育館の角を曲がると、そこにいたのはゴツゴツとした岩石のような巨人の男、ガルガンチュアだった。
「あ、ごめん。俺、ここで待ち合わせしてるんで、帰ってもらっていい?」
 きょろきょろと辺りを見回すデネヴに、ガルガンチュアがニタリと微笑み返した。
「待ち合わせの相手は僕だよ、デネヴ君」
「えっ⁉」
「ずっと君のことが好きだったんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺たち男同士だし、おまけに俺は竜で、お前は魔属性じゃないか。合うわけないだろ!」
 ガルガンチュアの目の前で、デネヴは両手を激しく左右に振った。
「そうなんだ。でも静音先生に相談したら、私が何とかしてあげるって言ってくれて。デネヴ君の食わず嫌いを先生が直してあげるって」
「いや、マジ、無理って! ほんとにゴメン!」
 きびすを返して、デネヴは体育館の裏から駆け出した。校庭では桜の花びらが、吹雪のように舞っていた。
 また春が来て、桜の花を見るたびに、デネヴは今日のことを思い出すだろう。
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