第1話 玉音放送を聴いて以来

文字数 2,015文字

 「愛されなくても別に」の前後にはどんな言葉を配すべきか。
 読後の私はそのことばかりが気になった。
 たとえば「私は『愛されなくても別に』生きていける」のか、それとは対照的に「君は『愛されなくても別に』なんて言えるほど強くは無い」のか。
 それは読者によって様々だろう。
 私の場合、「日本人は何時から『愛されなくても別に』と嘯けるようになったのか」、と、配すべきだと考える。
 無論この作品は若い女性である筆者が彼女のファンの多数を占める同世代の女性に対し、「愛」とは何かを問うべく書いたものだと言うことは分かっている。
 畢竟もし会社勤めをしていたら後数年で定年を迎える親爺の私には、到底縁の無い作品であると言うことも自明の理だ。
 しかし数ページを書店で立ち読んだ末に、これは日本の現状を縮図にしたような作品だと痛感し購入するに到った。
 やはり予測通りの優れた作品だった。
 殊に注目すべき点はこの作品に登場する三人の女性が、今の日本と言う、「国」なのか、或いは「米国領の島」なのか、その釈然としない歪な姿を象徴して止まない人物であること。
 中でも主人公の宮田陽彩(みやたひいろ)。
 母から愛されながらも搾取される彼女と搾取する母を、私は其々「日本」と「米国」に置き換えて読んだ。
 建前では同盟国を謳っておきながら、米国内で売ることが出来ない粗悪品のオスプレイを買わせたり、時代遅れのイージスアショアを買わせたりする米国の日本に対する遣り口は、そのまま母の宮田陽彩への仕打ちに投影される。
 米国は日本のことを思っているように見せ掛け、その実必要な時に何時でも金を引き出せるATMのように扱うが、宮田陽彩の母もまた彼女のことをそのように扱い搾取する。
 もう一人父が殺人犯の江永雅は母親に売春を強要されるが、彼女もまた現代の日本の闇を体現する顕著な存在と言えよう。
 日本同様近代史上では悪の枢軸として扱われるドイツだが、彼の国ではFKKと言う国営性風俗の施設があり、そこはルーマニア、或いはハンガリー、モルドバ、と、言った東欧の貧しい国々の若年女性の出稼ぎ先となっている。
 合法施設のそこは避妊措置も性病検査もしており安全で清潔だ。
 そのことについては働く側も客の側も同じ。
 対照的に戦後の日本ではポツダム命令の発令以来性風俗への曖昧な規制は現在に迄及び、今もそれは裏社会で仕切られる闇の世界に属す。
 つまり社会的弱者の江永雅が売春を強要されれば、危険で非合法な方法で身体を売るしかないのだ。
 1956年に売春防止法を制定して以来何等法整備をしない日本と、2002年売春法を整備し国営性風俗を施設したドイツ。
 果たして正解はどちらなのか、と、考えさせられるが、何れにせよ売春法の整備を等閑にして来た日本政府に発言権は無い。
 また怪しい宗教にのめり込む木村水宝石に到っては、戦後の日本人の宗教観を考察する上でこの上なく興味深い存在となっている。
 玉音放送を聴いて以来日本人は唯一の神を失った。
 それが故に戦後怪しい宗教に依存する若者が数多発生、ややもすればそれに命迄差し出す。
 オウム真理教の類もその顕著な例と言えよう。
 この現象を引き起こした最大の要因は、帝國政府が戦争遂行の為の道具として国家神道を利用した、その国教制度にある。
 終戦当時鈴木貫太郎内閣の打ち出したポツダム宣言に於ける唯一の受諾条件は、周知の通り国体護持であった。
 結果GHQは祭祀権と統帥権の二大権を剥奪の上万世一系たる天皇の存続は容認したが、万世一神であることは拒絶した。
 彼等に拠って現人神たる天皇を唯一の神とした国家神道が日本から消失し、戦後凡その日本人は無宗教になる。
 終戦の翌年天皇の人間宣言により、現人神が人間であったことも確定。
 奇しくも帝國政府が半強制的に国民に帰依させた国家神道は、戦後の日本人に取って忌み嫌うべき非道なものに成り下がる。
 またマッカーサーは占領当時の日本でキリスト教の布教に躍起になったが、余りの布教率の低さにそれを諦めた。
 これは国家神道の消失に拠って日本人の胸に穿たれた穴が、イエスでさえも埋めれないほど甚大なものだったと言う証左に他ならない。
 果たして木村水宝石は、そのことを理解して怪しい宗教にのめり込んで行ったのだろうか。
 また母に搾取される宮田陽彩は、日本が米国に搾取される現状を自らに重ねたのだろうか。
 或いは江永雅はどうせ売春をさせられるなら、貧しくとも東欧に生まれた方がましだった、と、思ったのだろうか。
 物語の中に於いては、否、である。
 しかし現状の日本の姿を見事に三人に収斂させて見せたこの秀逸な物語の読後に、親爺が親爺なりの書評を若い世代に聴かせることなら出来る筈だ。
 そしてそれこそが親爺の親爺としての使命だと、私は自負する。
                     
                  (了)
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