第1話

文字数 4,333文字

ワタクシ、かれこれ120年ほどエンマ様に仕えております。秘書と言えば聞こえはいいですが、感覚的には雑用係と言った方が近いかもしれません。
エンマ様もいろいろなタイプの方がいらっしゃいます。うちのエンマ様は、ちょっといい加減で、ものを元の場所に片付けなかったり、必要書類が揃ってなかったり、発注数を間違えたりするお方なのですが、肝心なところは外さないという、付き合いの浅い方にはしっかりして見えるタイプです。まぁ、小さなミスは仕方ないでしょうか。なんせ、天国行か地獄行かの判断をするのがお仕事なので、真正面から向き合うとしんどいことばかりです。
どちらに行くかは基本的にはその方が行った善行と悪行のバランスで判断するのですが、人間界の法律が許す範囲のことが善行とは限りません。もちろん一致する範囲は多いです。一方で為政者に都合の良いだけの法律を破ることはこちらでは悪行にカウントされません。あるいは身近な例えを言いますと、法律に触れない何気ない行動であっても時代や相手によって喜ばれたり大きなお世話だったりします。そういうのを想像してもらえればエンマ様のお仕事の難しさが分かっていただけるかと思います。

80年ほど前から、明らかに天国行、地獄行の方については、(人間界でいうところの)人工知能が捌くようになったので負担はかなり減りました。しかし、結果として難しい案件ばかりが生身のエンマ様の元に持ち込まれることになりました。人間なんかよりずっと太い神経を持っていなければ、そもそもエンマ様に選ばれることはありませんが、それでもストレスは相当なものと思われます。

新たにこちらにいらした方には、どちらに行くかはこれまでの行いの結果なのでジタバタしても無駄ですよ、と必ずお伝えしています。それにもかかわらず地獄行に納得できない方による泣き落としや土下座、褒め殺し等様々な悪あがきが日々繰り広げられています。まぁ、ここだけの話、たとえご本人にとっては渾身の悪あがきだとしてもこちらは見飽きてます。なので、これらはたいしたストレスではありません。
むしろ、ボーダーライン付近の方を判断することそのものがエンマ様達にとってはしんどいようです。どうしても「AさんとBさんで悪人の度合いがかなり違うのに同じ地獄行でいいのだろうか」等の迷いが生じてしまうからです(一等地獄、二等地獄、三等地獄があれば…と何度思ったことでしょう)。しかも、天国行の比率はおおよそ決められているので、勝手に増やすわけにもいきません。そういう時にうちのエンマ様は規定にないことを言い出すことがあります。つまり、「○○のペナルティを受け入れるなら天国に行かせてあげる」あるいは「地獄行は変えられないけど△△のサービスを付けてあげる」と言った感じです。秘書としては、その思い付きにより仕事が増えるのでありがたくはないですが、お気持ちは分かるのでなるべくその通りに対処するようにしています。

実は昨日もそういうことがありました。
仮にNさんとします。まだ30代なのに交通事故により亡くなった方です。根っから悪い男性ではないのですが、高校時代に良くない仲間に流されてだいぶ周りに迷惑をかけたようです。その仲間と離れて奥さんに出会ってからは、こつこつ働いてきましたが、かつての迷惑を帳消しにできるほどの善行を行ったわけではなく、地獄行は地獄行なのですがさじ加減をしたくなるケースです。
Nさん、本人もいろいろ自覚はあるようで、地獄行についてはあっさり受け入れていましたが、何か心残りがあるようでしきりに入ってきた入り口を振り返っています。エンマ様もお気付きになったのでしょう。

「Nさん、あなたは3年前から気が付いた時に点字ブロックの上の他人の自転車を移動させてましたね。平均して月に7台くらい。あと、1年半前、事件で電車のダイヤが大混乱していた時に、日本語が分からない外国からの観光客にスマートフォンを使って情報を訳してあげてました。地獄行を変えることは出来ませんが、これらの行いの報労としてどなたかの夢枕にビデオレターを届けることができます。権利を行使しますか?」
「ぜひ!お願いします!」
「どなたに届けますか?」
「妻のTにです。あいつ、しっかりしてるようで実は強がってるだけみたいな時があって。あと、俺が飲み会で夕飯一人の時に卵かけご飯とかで簡単に済ますような面もあって。今どうしてるか心配で…。」
「分かりました。では、係の者の指示に従ってください。」

別室で録画の準備を行います。昔は録画せずに直接夢枕に立ってもらったのですが、しゃべってはいけないことをうっかりしゃべる方が続出しまして、録画したもの届ける方式に落ち着きました。内容で多いのはやはり「愛してるよ」や「〇〇を頼む」、それに遺産関係、時々「恨みを晴らしてくれ」です。さて、Nさんはどうでしょうか。

「録画時間は40秒までです。しゃべる内容を整理してください。」
「あ、はい。」
(6分後)
「準備できました。あの、笑わないでください。」
「? はい。では5からのカウントダウンで録画開始します。5 4 3 2 1」
手でどうぞと合図を出す。
「こんなことになってごめん。ほんっとうにごめん。事故は日陰に残ってたアイスバーンが原因だから誰も恨まないでくれ。頼む。それで、こうやってTと離れてみて、俺はずいぶんTに支えられてたんだな~って改めて思った。ありがとう。あまりにもTといるのが楽しかったから、今ひとりなのが寂しかったんだけど、さっきなんかいい感じでしゃべれるかわいい女性に会えたんだ。ま、こっちはなんとかやっていくから、Tもいい奴見つけろよ。じゃあな。」

女性?誰のことでしょう?あ、笑うなってそういうことですか。
Tさんが寝るのを待って夢枕にお邪魔しました。Tさんの反応もNさんに中継されます。

映像の再生が終わってまもなく、Tさんが起き上がりました。いきなり深いため息をついています。表情はむっすり、と言えばいいでしょうか。浮気を宣言されたようなものなので、怒って当然です。

ベッドから立ち上がると祭壇につかつか歩み寄りました。骨箱をぶん投げるとかは見たくないな、なんて考えていたのですが、Tさんは予想に反して祭壇の前にストンと座り、 チーーーーーン とおりんを鳴らしました。やや…いえだいぶ乱暴な鳴らし方ですが。

「N!なんなのよ!死んでからもウソをつく時の癖、そのままじゃない!」
チーーーン チーーーン チーーーン 鳴らし続けています。
「いい奴見つけろ?よく言うわ。いつもいつもすぐにやきもち焼いてたくせに!」
チーン チーン チーン チーン チーン ペースが上がってます。
「俺に縛られるな、て気遣いは嬉しいけどね。やるならもっと上手にだましなさいよ!バカ!」
おりんが鳴りやみました。代わりに小さな嗚咽が聞こえます。しばらくして、目元を拭うと顔を上げ、
「むかつくから明日あんたの嫌いなセロリを買ってきてお供えしてあげる。まったく…。」
呟きながら布団に戻っていきました。
「…やっぱ心配して夢に来てくれたのかな?ついでに腕枕していってくれたらよかったのに。スーパー行くの、久しぶり…かも。あの日から食欲なかったから冷蔵庫からっぽ、だった?ついでになんか食材買うべき…なのかな。食欲ないけど…。うん、つらそうな顔じゃなくてよかった。」
どうなることかと思いましたが、寝付いたようです。

えっと、Nさんの目論見はともかく、仲良し夫婦…ですね。なかなかいい話です。他人事として聞くなら。でもワタクシにとっては仕事なんですよね。リスクマネジメントは大事です。Nさんをモニターで確認すると、頭を抱えつつ落ち込んでるんだか嬉しいんだか微妙な表情です。しばらくお一人にしておきましょう。こんなタイミングで声をかけるほど野暮ではないつもりです。いやはや、せっかくのウソも形無しですね。Tさんが見事と言うべきか。うーん、ワタクシのウソも妻にバレてる可能性を考えた方がいいのでしょうか。
Nさんが落ち着くのを待つ間に、エンマ様に経緯を報告すると、エンマ様も思案顔になりました。
そうなんです。強く思い合った二人の片割れを地獄に送ると、相方を待ちたくてなかなか転生してくれなかったり、相方がこちらに来た時に会わせろと騒いだり。
まぁ、希望に沿う必要はないのですが、諦めてもらうにしても地獄から探してくるにしても手間がかかります。地獄サイドのスタッフも忙しいですから、仕事を増やすのは避けたいです。

「うーん、面倒なことになりそうだね。Nさん、生前の職業は?」エンマ様が口を開きました。
「えっと、建築業となってますね。」
「なら、代理処罰制度使おうか。しばらくここにいてもらって、ケルベロスちゃんの小屋を建ててもらうのはどう?」
ケルベロスちゃんはかつてエンマ様にひょこひょこついてきて居ついた犬です。はじめはかわいかったんです。とても。「名は体を表す」というように名前は大事ですよ、と言ったのに洋風のケルベロスなんて名前を付けたものだから、今ではすっかりたくましく育ってしまって。いえ、性格が凶暴というわけではないのですが、牙が大きいせいもあり見た目がとても怖いです。加えて、力もすごいのでケルベロスちゃんは軽くじゃれてるつもりでも付き合ってる方は大変です。ちなみに人間の1.5倍くらいの大きさです。
「頑丈な材料を探して運んで手動の工具のみで加工して建てるとなれば、たしかに重労働ですね。」
「ついでに、ケルベロスちゃんの散歩もやってもらおうか。他のメンバーがなかなか散歩を代わってくれないから有給取りにくいってあなた前に言ってたよね?いい機会だから家族旅行でも行って来たら?」
「え、私のためですか?」
「もちろんメインはNさんだけど。あなた、いろいろ融通きくから、助かってるんだ。辞められたら困る。」
「ありがとうございます!でも、建て終わるまでにTさんこちらに来るでしょうか?」
「そこはこちらがどうこうすることじゃないし、来るまで待てるとなると罰にならない。間に合わなかった時は諦めてもらおう。」
「それもそうですね。ではそのように。」

きっと、エンマ様はこんな裏事情を悟らせない厳かな顔で決定を言い渡すし、妻は休暇を合わせて取る算段を始めてくれるのです。その様子が想像できて、廊下を歩きながらつい口元が緩みます。見てないようで見てる。今日もうちのエンマ様は、いい加減さが憎めない良い上司です。


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