第1話

文字数 1,963文字

 出会いは、赴任先のインテリアコーナーだった。僕は札幌支店から異動してきてすぐに、苫小牧店のインテリア販売コーナーを任されることになった。てっきり同じぐらいの年かと思ったら、5歳も年上と聞いてビックリしたよ。その割には、偉ぶることもなく、いつも敬語で僕に対してあくまでも上司として接してくれたよね。嬉しかったよ。
 仲良くなるのにあまり時間はかからなかった。ある時、
「もしよければ夕飯、うちの実家で食べませんか?」
と言ってくれたね。思わず自分のことを振り返った。実家から十分に通えるのに、単なるワガママで大学の途中から1人暮らしを始め、就職したら赴任先は北海道札幌市だった。札幌にいた2年間は孤独な日々だったし、約5年間はいわゆる家庭の味に飢えていた僕だったから、飛び上がるほど嬉しかったよ。
 最初に君のお父さん、お母さんに会ったときは、不思議な感じがしたよ。自分の本当の両親よりも温かく包み込んでくれて、まるでこっちが本当の両親?みたいな。こんなこと言ったら、本当の両親に失礼だよね。でも、本当にそれぐらい初めて会った気がしなかった。それからは、休日があえば必ずデートしていたよね。あの時が一番楽しかった。
 しばらくして君が妊娠。本当は結婚式もしてあげたかったけど、北海道では挙式という習慣があまりないらしく、君の両親も入籍だけで十分、と喜んでくれた。自分の両親に言うのは少し怖かったけど、初孫ができたという喜びには勝てなかったようで、こっちも思っていた以上に喜んでくれた。両家との顔合わせで食事会のとき、気に入ってもらえるかどうかずっと心配していたみたいだけど、大丈夫。君のことを嫌いになる人なんかいないよ。心配なんかする必要なかったでしょ?
 結局、半年ほどで流産してしまった。毎日悲しむ君のことをどう慰めればいいか分からなかった。翌年には待望の娘が生まれてくれて嬉しいのはもちろんだけど、君の悲しみも少しは癒えるのかもしれないと思うと安心したよ。
 娘の名前は美咲。よく泣く女の子で、君はちょっと育児ノイローゼみたいになってしまったね。すぐに僕は函館店に異動になり、君も子供も一緒に引っ越してはくれたけど、僕が仕事に行っている間に、頻繁に苫小牧の実家に帰っていたのは知っていた。君と娘に会えない日々が続くのは辛かったけど、君はそれ以上に辛かったのだろうな。一度、両親と姉が函館の家に遊びにきたことがあったけど、住み慣れない家で対応してもらい、辛い時に申し訳なかったと思う。
 美咲が小学校に通うようになってからは、だいぶ楽になったように見えた。僕も転職することになり、また苫小牧の君の実家で同居生活を始めることができた。人のいい君だから、PTAを3年間も引き受けたのには驚いたけど、よく頑張っていたと思う。中学に入ったら、すぐにフルタイムで働きだしてくれた。激ヤセしたときは、僕以上に両親や姉がとても心配していたよ。少しぽっちゃり目ぐらいが僕の好みだから、ダイエットなどは気にせず、毎日たくさん食べてほしい。
 美咲も高校から急に成績がよくなり、念願の大学へも推薦入学できたときには驚いた。4月から大学に通い始め、長年君が生まれ育った家を生まれ変わらせるいいタイミングだと思ってお義父さんと一緒にリフォームを始めた。ガンを持っているものの、毎日元気にしていたお義父さんだったから、まさか検査入院で同室の人からコロナをうつされ、あんなにあっさり逝ってしまうとは思わなかった。すっかり油断していた。本当にすまない。
 お義父さんが亡くなって2週間後。お義父さんのことを考えながら深い眠りに入ったら、ふと自分の寝ている姿が見えた。いわゆる幽体離脱ってやつだろう。朝になったら戻れるだろうと思って、そのまま寝てしまった。6時半少し前の目覚ましが鳴って、慌てて自分の身体に戻ろうと思ったけど、何度やってもダメだった。美咲が泣き叫びながら人工呼吸をする姿、君が半ばパニックになって病院や僕の実家に電話している姿を、茫然と見送るしかなかった。2日後の葬儀には、両親と姉も来てくれて嬉しい反面、申し訳なさで心がいっぱいになった。僕はここにいるのに。でも、何度やってもどうしても戻れなかった。ごめんなさい。
 急にこんなことになってしまって、さよならは言えなかったけど、これだけは胸を張って言える。とてもいい人生だった。それもこれも全て君に出会えたお陰だよ。だから、どうかこれから先のことはあまり心配しないでほしい。僕の母が美咲の大学の学費は全て払うと言っているし、美咲だって卒業すれば仕事だって始めてくれるはずだ。自分だけでなんとかしようとせず、どうか上手に周りを頼って乗り越える強さを持って生き抜いていってほしい。それさえできれば、君は最強だよ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み