第1話

文字数 2,385文字

とある日常での出来事。考えたらなぜ話しかけたのかは分からないが、今振り返ってみると結果的に良かったのかもしれない。あの会話がなければ気づかずに過ごしていたのかもしれない。いや、かもしれないではなく絶対していない。ただ、今更気づいても、もう遅い。俺がなぜあの時点で気づかなかったのか、もっとよく考えなかったのかと凄く悔やまれる。だが、それも今となっては関係ないことだ。俺はこうして残りの人生を絶望しながら日々を消化していかなければならないのだから……

それは学校での休み時間で行われた会話であった。俺はふとクラスのある奴に注目した。そいつはろくに高校生活を楽しもうとせずに勉強ばかりしている奴だ。別に虐められているわけでもないし、陰キャってわけでもない普通の奴。だけど、俺はなんとなく違和感がある。言葉でははっきり言い表せないが、どこか何かがずれている気がする。勉強をしているが、俺らとは違う目的でしてるような感じがする。だから少し興味が湧いて、俺がもっている疑問をぶつけてみようと思った。

「なぁ、なんでお前いっつもそんな勉強してるんだ?」

そいつは手を止めてこっちに顔をあげて話した。

「あぁ、やりたい事があるからだよ。」

「やりたい事があるから勉強してるのはなんとなく分かるさ。それで、やりたい事って何?」

「ええっとね…まぁ色々だよ。」

「なんだよ。勿体ぶらずに教えろよ。」

対して仲良くもないやつから絡まれて面倒になるのはわかる。だからおれは話を切られると思ったが、そいつは一瞬嫌な顔をしたが面倒臭そうに答えた。

「今自分がいる環境から抜け出せるような職業に就きたい。」

は?何言ってんだこいつ。やっぱこいつってみんなとずれてるなと思った。

「今いる環境から抜け出したい?そんなもの高校卒業したら嫌でも変わるだろ」

俺が言った発言に対して、そいつは見当違いな事を言っているという顔でため息をついた。

「そうじゃなくて、この社会からさ。」

またしても疑問が生まれた瞬間であった。そんな職業は存在しないだろと。

「はぁ、、この社会からねぇ。よくわかんねーけど、なんでそんな風に思うんだ?」

「なんでって、それは気持ち悪いからさ。」

「気持ち悪い?何が気持ち悪いんだよ。」

「だってさ、おかしいと思わないか?今から高校を卒業して、大学入って、それから就職する。そして彼女が出来て、結婚して、子供が生まれ育てる。子供が育ちきったら後は残りの余生をゆっくりと過ごして死んでいく。これが反吐が出そうなほど気持ち悪い。しかもそれを考えずのうのうと生きているお前らが気持ち悪すぎる。」

そいつはまるで別の生き物を見るかのように俺のことを捉えていた。

「けどさ、みんなそうして生きてるじゃないか。まぁ子供を作る作らないは人それぞれだけどさ、どうやったってお前もこうして生きていくしかないんじゃないのか?」

「そうならないように今勉強してんだよ。」

そいつは俺をまた馬鹿を見るような目で言った。その時の俺はそいつの事を世の中を批判したいだけの厨二病っぽいやつだと捉えていた。そして馬鹿にされている事に少し腹が立ったので言い返してやろうと思った。

「ふーん、そうなのか。てかさ、そんな事して楽しいのか?俺には価値観が違う自分かっこいい、みたいな奴にしか見えないけどなぁ」

俺は少しドヤ顔で言い放った。

「はぁ、お前から聞いてそれかよ。そうやって価値観が違う奴を馬鹿にするのはやめろ。そういう考えだと困るぜ、今後。」

そいつは少し鼻でフッと笑った。またそれが俺の中で腹が立った。だかそいつは続け様に言った。

「昔はさ、色々な研究者が多くて色んな物が発明されてきたけど、今は娯楽に満ち溢れて昔より向上しない奴が増えて駄目なんだなって思い知らされるよ。ニコラテスラやアインシュタインの様におれはなりたいな。」

俺は初めてそいつの人間味ある顔を見た。なんと言うのか、夢憧れる幼い子供のような顔だった。だがそれも一瞬で、いつものような顔に戻った。

「けどさ、お前なれんのか?そんなニコラテスラとかアインシュタインみたいに。お前そこまで賢くないだろ。」

「だからって今納得してやめると思うか?まぁ化け物みたいな賢いやつになれるとは思わないが。けど自分が思い描くような人生を生きていくのは自由だろ?だから俺はやるぜ」


そこでチャイムは鳴って会話は終わってしまった。今から思えばもっと考えを聞いておけば良かったと思う。いや、その当時の俺が聞いても理解できなかっただろう。仕事をして人生に意味を見いだせず、何で生きてるんだろうと思う今じゃなければ理解できないだろう。あいつはしっかり人生に対して、人間というものに対してしっかり向き合って過ごしていたのだと思う。そんな事を思いながらスマホをいじっていると、
"廣崎ノーベル生理学・医学賞受賞!"
という文字が飛び込んだ。何でも人間の寿命が大幅に伸びる研究をしていたらしい。
「あいつってやっぱり凄かったんだな」
だが、あいつは他にも俺に教えてくれた事がある。絶望だ。あいつの考えを理解してしまった今、もう俺には今の生活は苦でしかない。しかも俺にはもう結婚するであろう彼女がいる。俺はもうここから抜け出せない。抜け出そうと思っても何もできない。こう考えると後悔の念がとても大きくなる。俺も自分の人生と向き合ってやりたい事を見つけてやっておけば良かったと。だが今からではもう遅い、時間がない、やろうとしても過去の自分が否定する。お前がやっても無駄だと。だからもう受け入れるしかないのだ。この平々凡々な生活を。そして俺はこのような生き地獄を毎日味わいながら生活していかなければならないのであった。
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