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文字数 4,722文字

俺の名はスタン!人呼んでクロサギのスタン!元詐欺師だ。ちょいと痛い目にあってから足を洗って、いまは『恋人屋』なんてのを開いて、社会貢献にせいを出している。生かしたクールガイさ。覚えておいてくれ。
「……」
仏頂面で佇むこいつは、俺の相棒のレミー。元特殊部隊出身で、ちょいと頭がおかしいところがあるが、ねはいいやつさ。腕っ節も立つ。俺の営む恋人屋「キューピット・C」の唯一の従業員。ま、俺が頭脳担当だったら、こいつは実行担当ってところかな。実際頼りになるやつさ。こいつも覚えておいてもらうといい。
さて!今回のターゲットの話をしよう。依頼が駆け込んできたのは、冬も終わって寝静まっていた動物達が木漏れ日に急かされ、ぽつぽつと覚醒めはじめた、春先の頃……と言っても、今は文明が進んじまったおかげで、年中過ごしやすい気温になっちまったから、さっきの春先の表現は、小説家何かで見聞きしたものをそのまま言っただけのものなんだけど。
まあ、とにかく。昔は段々と暖かくなってくる頃合いだったんだろうが、冬空を引きずって皆暗くなるのか、恋をしたいなんてやつも現れず、俺達の懐はいまだにさむいままだった。俺達はそろそろ滞納している家賃のことを考え、照り焼きチキン・ピザをマルゲリータピザに変える準備を始めなければならないほど困窮していた。そんな時分だ。
「こいつがターゲットだ。だが、本当にやるのか、スタン。俺はあまりオススメしない。こいつは相当なやり手だぞ。」
と、ターゲットの写真を指差しながら、レミーが言う。しかし先程言った通り、俺達は餓死寸前だ。依頼を断るなんて選択肢は、俺達にはなかった。
「やり手かどうかなんて関係ねえだろ、レミー。大丈夫、別に毎回あら事になるってわけじゃない。俺達はあくまで恋人屋!依頼人とターゲットを結ぶのが仕事なんだから。大丈夫、俺に任せてりゃなんとかなるよ。詐欺師界のアイン・シュタイン。スタンバックス様が言うんだ、間違いないぜ。」
「アイン・シュタイン。知っている。本で読んだ。あいつも強かった。それなら安心だな」
「おう、強い強い。つっても、恋愛面から見ても今回は強敵だ。なにせターゲットは、元男なんだからな。」
「元男?男が女に変わったということか。そんなことも出来るんだな。さすがアインシュタイン、物知りだな。」
アイン・シュタインじゃなくたって知ってるけどな。とは言わない。性転なんて、今じゃたったの三時間そこらで変えられる。ベーコンレタスバーガーみたいな名前の団体と、高名なお医者様方が努力した結果だ。男女の垣根は取っ払われ、いまや服を着替えるような気楽さで、性別は変えられるようになった。
もう、何十年も前の話、世界の常識だが、レミーはずっと戦場にいて、そういう初歩的なことすら知らない。多分何が大変かも解っていないだろうと思うので、懇切丁寧にレクチャーしてやるとする。
「そうだ。男が女に変わったってことだ。まーそれに関しちゃ特に言うこた無いんだが、問題はこいつの人格が、男を主軸に育ってるだろうってことだな。」
「さすがアインシュタイン。会ったこともない人間の心の中までわかるのか。おれの心も読めているのか?」
「いや、アインシュタイン関係ないから。お前の考えてることもわからんし。ただ調べただけだよ。ほら、ちょいと前に女体化トーナメントってあっただろ?こいつが性転換したのは、それに出場するためだったんだよ。どういうわけかそのまま女でいるが、目的のためにやっただけってのは間違いない。女の体はこいつにとってはツールの一つってわけだな。」
「俺も女だったら出ようと思ったが、そうか。性転換は俺でも受けれたのか。損をしたな。」
「しかも依頼人は相当な奥手と来てる。元男の心をなびかせて、依頼人を焚き付ける……難儀な仕事だ。とにかく方法を考えないと。冒頭の会話で30分も使っちまった。さっさと仕事に入って、パーッと終わらせる方法をな。」
時間もあまりない。締切の話もそうだが、ターゲットが男に戻ってしまえば依頼もクソもない。早急に手を打つ必要があった。ヒロポン・タブレットを噛み砕き、高速で脳を回転させる。レミーは俺が思案に入るのをみるや、仕事の準備を始めた。ソード・オフ・ショットガン、スナイパーライフル、コンバットナイフにナックルダスターなどの武器類を、念入りに点検する。仕事前の、いつもの光景だ。
結局俺の頭脳が弾き出した答えは、最もオーソドックスな物だった。まず、依頼人とターゲットのデートをセッティング。デート計画を作りあげ、インカムで依頼人に適時指示を出す。恋人までいけるかはわからないが、まずはお友達からはじめていけば、男でもその気にさせるのは不可能ではないと俺はふんだ。
「へい!ブードゥー!インカムの調子はどうだい!聞こえてるなら聞こえてるって返事を、聞こえてないならこの声は届いていないだろうから、インカムは自動的に爆発する!答えてくれ!」
「だ、大丈夫。聞こえてるんだな。爆発はさせないでいいんだな。」
「OK、そっちの音も拾えているな。どんと構えとけ、俺達は百戦錬磨、実を言うとロミオとジュリエットを結ばせたのも俺たちだ。爆発はさせないが、すぐ周りから。『爆発しろ!」って言われるような関係に仕立て上げてやるからよ。」

当日、依頼人の後方をつけながら、俺は言った。依頼人は緊張していたが、俺の言葉を聞いて少しは安心したようだ。レミーは別の場所から俺たちを見下ろしている。トラブルを避けたり、逆に起こしたりして、デートをドラマチックに演出するのが、やつの仕事だ。準備は万端だ。
「う、うん。それなら安心なんだな。怖いけど頼りにしてるんだな……。あっ!来、来た!彼女が来たんだな!」
興奮してブードゥーが立ち上がる。俺もその視線を追って、ターゲットの姿を見た。
「おっ!あんたがブードゥー?元気そうだね。俺ジョー。あんた俺の昔のファンなんだって?まさかあんな前にアイドルやったの覚えてた奴がいるなんて、びっくりしたなあ。今日はよろしくね。」
ターゲットは写真で見た通り、ベリーショート・スタイルの髪型に、おしゃれな服を着ていた。中々かわいらしく、外見は元男とは思えないが、口調はしっかり男の影を残していた。ふむ、俺の趣味ではないが、まあ気楽に話せそうって点では、依頼人が惚れるってのもわかるな。
「よ、よろしくなんだな。あっ!五分前に来てたから、全然待ってないんだな!安心してほしいんだな!」
「安心~!すげー安心した。元暴走族時代、組長の後部座席に座ってたことを思い出すよ。」
「それはよかったんだな!それじゃあ行くんだな!最初は映画館なんだな!アドヴァイス通り気楽に行くんだな!」
アドヴァイスとか言うなよ!俺達の存在がバレるだろ。しかし攻めると心を乱す可能性があるので、ちょっと小言を挟むにとどめておく。二人が歩き出すのを見て、俺も後を追った。ミッションスタートだ!
二人のデートは思った以上に順調に進んだ。ジョーが話上手なのは勿論、ブードゥーも、奥手と言う割に結構上手く喋れている。失敗しても俺たちがなんとかしてくれるという安心感故だろう。出番は殆ど無い。
映画鑑賞からの食事、そこでの感想会、ショッピング、ボルダリングやらのスポーツ・アトラクション。本当にあっけないくらい、順調だ。
「おい、俺はいつ奴を撃てばいい。既に射撃体勢には入っている。いつでも支持を出してくれていいぞ。」
「いや、撃たなくていいよ。なんでそんな急に物騒なこと言うの!順調だろ順調。このままいけば依頼人君も満足してくれるよ。ほら見ろ、あの楽しそうな笑顔。あんな顔が見れて、あとお金ももらえて、俺は嬉しいよ。この仕事をやっててよかったと思う瞬間だね。」
「ふむ、順調か。お前にはそう見えるのか。」
不満気な声を上げるレミー。どうやらやつには引っかかる点があるようだ。俺はそれを話すよう促した。
「俺達は恋人屋、プロの恋人屋だ。友人を作るのが仕事ではない。そう思っただけだ。」
二人のやり取りを再度、見る。楽しげにボルダリングに勤しむ二人。一見順調に見える。しかし、性別というフィルターを外してみると、どうか。レミーの言うとおり、二人の笑顔は恋人同士のそれではなく、友人同士のそれに見えた。
「い、いいんだよ!俺だって最初はお友達からはじめさせて、徐々にって考えてたんだ。今はそれでいい。アインシュタインがいうんだから間違いないって。」
「俺にはそうは思えない。このまま二人が会うことになったとして、親密さは増すだろうが、ジョーはブードゥーを異性としてみることはないだろう。ブードゥーはそのうち調子に乗って勇み足で告白し、断られ、二人の仲はそこで終了。話が違うとブードゥーは俺達に返金を要求する……そんな未来が俺には見える」
レミーのやつは普段はボケッとしてあらごとにしか感心がないくせに、たまにこういうことを言うから、油断ならない。その言葉に俺は渋々ながら頷いた。
「しかしどうしろってんだ?今更計画は変えられないし、夜の目玉、フランス料理を食いながらメッチャきれいな花火を見るイベントまで時間もない。やっぱりここは当たり障りなく友情で終わらせて、いつか愛情に変わるのを待つという方針で……。」
「簡単だ。ジョーに、ブードゥーが頼りになるところを見せてやればいい。」
「まあ、そうかもしれないけど、それをどうやるかって話で……」
俺が言い淀んだ瞬間、通信機の向こうからパシン、という気の抜けた音が聞こえてきた。サプレッサー付きの狙撃銃から、弾丸が発射される音だ。次の瞬間、ボルダリング中のジョーがよろめいて、壁から手を話した。命綱!と思ったが、もう一発銃弾が飛んできて、それも切れた。ジョーが落ちていく。
「ブードゥー!ジョーを受け止めろ!男を見せるんだ!」
「うおー!ジョーさん!危ないんだな!」
俺が叫ぶ前に、ぶーちゃんは動いていた。ぱっと受け止める!と思いきや、ジョーはそれより早くくるりと身を翻し、地面に降り立った。素晴らしい身体能力だ。
じゃない!これでは計画が台無しだ。しかもジョーは何かに感づいたらしく、こちらに向ってくる。どうやら備考はばれているようだ。たまらず俺は駆け出した。
「レミー!ヘルプ!お前の勝手で俺の命が危ない!」
それからは散々だった。命を狙われたと思ったジョーが俺を拷問仕掛け、助けに来たレミーと死闘を繰り広げ、警察にまで厄介になった。
しかし、結果を言うと依頼は成功した。ジョーがレミーに倒されそうになった時、ブードゥーが間に割り込み、ジョーを庇ったのだ。俺たちを裏切るような真似だが、ジョーはそれでブードゥーを気に入ったらしい。
「誰かの恋人には、なったことなかったし。いいぜ!試しに付き合ってみるか!今度の職業も楽しそうだ。」
事情を聞いたジョーはそう言って、ブードゥーと肩を組んだ。その様子を、病院の中からレミーのテレビ電話を通じ、おれは見ていた。
「ありがとうなんだな!体を張ってまでおらの恋を助けてくれるなんて、さすがプロの恋人屋なんだな!これからも贔屓にするんだな!」
これからも贔屓にって、恋人を複数作るつもりか?なにはともあれ、こうして今回の依頼は上手く言った。治療費も込み込みで、経営は黒字。ただ、照り焼きチキン・ピザを食べることは叶わなかった。病院の塩気のない食事を、おれはまる一ヶ月堪能した。
「久々に、腕が鳴った。いい仕事をしたな、スタン。」
レミーが言った。俺は骨が折れたよ、と思った。物理的にも精神的にも。しかし、こいつの嬉しそうな顔をみると、悪い気はしなかった。
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登場人物紹介

スタン:元詐欺師。レミーと供に恋人屋を営む。

レミー:元特殊部隊。スタンと供に恋人屋を営む。

ジョー。今回のターゲット。

アメちゃん:依頼人。奥手。

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