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文字数 4,722文字
仏頂面で佇むこいつは、俺の相棒のレミー。元特殊部隊出身で、ちょいと頭がおかしいところがあるが、ねはいいやつさ。腕っ節も立つ。俺の営む恋人屋「キューピット・C」の唯一の従業員。ま、俺が頭脳担当だったら、こいつは実行担当ってところかな。実際頼りになるやつさ。こいつも覚えておいてもらうといい。
さて!今回のターゲットの話をしよう。依頼が駆け込んできたのは、冬も終わって寝静まっていた動物達が木漏れ日に急かされ、ぽつぽつと覚醒めはじめた、春先の頃……と言っても、今は文明が進んじまったおかげで、年中過ごしやすい気温になっちまったから、さっきの春先の表現は、小説家何かで見聞きしたものをそのまま言っただけのものなんだけど。
まあ、とにかく。昔は段々と暖かくなってくる頃合いだったんだろうが、冬空を引きずって皆暗くなるのか、恋をしたいなんてやつも現れず、俺達の懐はいまだにさむいままだった。俺達はそろそろ滞納している家賃のことを考え、照り焼きチキン・ピザをマルゲリータピザに変える準備を始めなければならないほど困窮していた。そんな時分だ。
「やり手かどうかなんて関係ねえだろ、レミー。大丈夫、別に毎回あら事になるってわけじゃない。俺達はあくまで恋人屋!依頼人とターゲットを結ぶのが仕事なんだから。大丈夫、俺に任せてりゃなんとかなるよ。詐欺師界のアイン・シュタイン。スタンバックス様が言うんだ、間違いないぜ。」
アイン・シュタインじゃなくたって知ってるけどな。とは言わない。性転なんて、今じゃたったの三時間そこらで変えられる。ベーコンレタスバーガーみたいな名前の団体と、高名なお医者様方が努力した結果だ。男女の垣根は取っ払われ、いまや服を着替えるような気楽さで、性別は変えられるようになった。
「いや、アインシュタイン関係ないから。お前の考えてることもわからんし。ただ調べただけだよ。ほら、ちょいと前に女体化トーナメントってあっただろ?こいつが性転換したのは、それに出場するためだったんだよ。どういうわけかそのまま女でいるが、目的のためにやっただけってのは間違いない。女の体はこいつにとってはツールの一つってわけだな。」
「しかも依頼人は相当な奥手と来てる。元男の心をなびかせて、依頼人を焚き付ける……難儀な仕事だ。とにかく方法を考えないと。冒頭の会話で30分も使っちまった。さっさと仕事に入って、パーッと終わらせる方法をな。」
時間もあまりない。締切の話もそうだが、ターゲットが男に戻ってしまえば依頼もクソもない。早急に手を打つ必要があった。ヒロポン・タブレットを噛み砕き、高速で脳を回転させる。レミーは俺が思案に入るのをみるや、仕事の準備を始めた。ソード・オフ・ショットガン、スナイパーライフル、コンバットナイフにナックルダスターなどの武器類を、念入りに点検する。仕事前の、いつもの光景だ。
結局俺の頭脳が弾き出した答えは、最もオーソドックスな物だった。まず、依頼人とターゲットのデートをセッティング。デート計画を作りあげ、インカムで依頼人に適時指示を出す。恋人までいけるかはわからないが、まずはお友達からはじめていけば、男でもその気にさせるのは不可能ではないと俺はふんだ。
「OK、そっちの音も拾えているな。どんと構えとけ、俺達は百戦錬磨、実を言うとロミオとジュリエットを結ばせたのも俺たちだ。爆発はさせないが、すぐ周りから。『爆発しろ!」って言われるような関係に仕立て上げてやるからよ。」
ターゲットは写真で見た通り、ベリーショート・スタイルの髪型に、おしゃれな服を着ていた。中々かわいらしく、外見は元男とは思えないが、口調はしっかり男の影を残していた。ふむ、俺の趣味ではないが、まあ気楽に話せそうって点では、依頼人が惚れるってのもわかるな。
「いや、撃たなくていいよ。なんでそんな急に物騒なこと言うの!順調だろ順調。このままいけば依頼人君も満足してくれるよ。ほら見ろ、あの楽しそうな笑顔。あんな顔が見れて、あとお金ももらえて、俺は嬉しいよ。この仕事をやっててよかったと思う瞬間だね。」
二人のやり取りを再度、見る。楽しげにボルダリングに勤しむ二人。一見順調に見える。しかし、性別というフィルターを外してみると、どうか。レミーの言うとおり、二人の笑顔は恋人同士のそれではなく、友人同士のそれに見えた。
「俺にはそうは思えない。このまま二人が会うことになったとして、親密さは増すだろうが、ジョーはブードゥーを異性としてみることはないだろう。ブードゥーはそのうち調子に乗って勇み足で告白し、断られ、二人の仲はそこで終了。話が違うとブードゥーは俺達に返金を要求する……そんな未来が俺には見える」
「しかしどうしろってんだ?今更計画は変えられないし、夜の目玉、フランス料理を食いながらメッチャきれいな花火を見るイベントまで時間もない。やっぱりここは当たり障りなく友情で終わらせて、いつか愛情に変わるのを待つという方針で……。」
俺が言い淀んだ瞬間、通信機の向こうからパシン、という気の抜けた音が聞こえてきた。サプレッサー付きの狙撃銃から、弾丸が発射される音だ。次の瞬間、ボルダリング中のジョーがよろめいて、壁から手を話した。命綱!と思ったが、もう一発銃弾が飛んできて、それも切れた。ジョーが落ちていく。
これからも贔屓にって、恋人を複数作るつもりか?なにはともあれ、こうして今回の依頼は上手く言った。治療費も込み込みで、経営は黒字。ただ、照り焼きチキン・ピザを食べることは叶わなかった。病院の塩気のない食事を、おれはまる一ヶ月堪能した。