第7話

文字数 985文字

 翌朝、凍てつく空気の中で私はリュックを背負い、犬が入ったバッグを手にまだ薄暗いバス停に立っていた。朝一番のバスで京都駅に向かうのだ。
 京都には何度も来ているから駆け込みで行きたい場所などない。それに、慣れない枕で寝たせいか、なぜかとても疲れていた。バッグの中の犬も大人しい。ともかく早く帰りたかった。
 北の山陰を眺めながら、目の前にある哲学の道をタイチが走ってきたらおもしろいのにな。と思ったりする。ハッハッと白い息を吐きながら、こちらに駆けてくるタイチを想像した。もちろん、そんなことは起こらないのだけど。

 バスは定時通りに来て、まだほの暗い京都の道を進む。良く知っている街なのに、この時間の京都は人でないものが歩いていてもおかしくないような、不思議な空気がある。でも、もちろん、そんなものを見ることもなく、バスはスルスルと京都駅にたどり着く。
 駅前のコンビニで少しだけ自分用のお土産を買って、朝だけどビールも買い、新幹線に乗り込む。正月やからええやんええやん、と頭の中でなにかがささやく。
 そもそもなぜ正月を京都で過ごそうと思ったのか思い出せない。寺は空いているけれど、寒いばかりで出歩く気になどならないはずなのに。

 新幹線の中で干し貝柱を咥えていると、携帯の着信音が鳴った。一番目からのLINEだった。

「昨日はありがとう。タイチが戻りました。ちょっと怪我しているけれど、元気です」

くたびれた顔のタイチの写真が添付されていた。少なくとも、生きている。

「良かったですね!タイチくん、怖かったかな。これからはお散歩はリードをつけてね!」

と我ながらひどく当たり障りのない返事をすると、一番目と二番目からババッと「ありがとう」とスタンプがついた。

 片付いたのだ。タイチはホンダさんのところに戻り、ホンダさんは泣き、元嫁たちは慰めるだろう。そして、その様子を息子たちが見守る。家族の形はもとの通りになった。
 そして、また来年の正月になればみんなで集まって、鍋をするだろう。そして、日本酒を開けて、昔話に華を咲かせる。今度はタイチもそれを聞くのだろうか。

 それからコロナが蔓延して、私は再びあの宿を訪れる機会を得ない。先ほど見たらあのLINEブループは消えて「メンバーはいません」と表示されていた。それを見ていたら、無性に一番目と三番目が今語る物語を聞いてみたくなった。

(終)
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