第1話 書いてはいけない

文字数 1,363文字

 
 人一人突然いなくなるって、ある意味、周りの人にとっては暴力に近いと思う。それも心に対する暴力で、結構な破壊力がある。
 仲良くしていた職場の同僚が突然会社に来なくなった。体調不良で休みたいとの電話が会社にあったあと、次の日から連絡が取れなくなったのだ。一人暮らしで何かあってはいけないということもあり、直属の上司と私とで彼女の借りているアパートを訪ねたのだが、中にいる様子もなかった。後で実家のご両親も駆けつけ、部屋も開けて入ったが彼女の姿はなかった。携帯も財布も置かれたまま…。
 皆ポカンと呆気にとられていた。体調不良なのに一体どこに行ったのだろう?彼女の友人知人、その他、立ち寄りそうなところ、心当たりを連絡して確認したが見つからない。一週間後、彼女の両親は警察に届けを出した。
 職場で仲の良かった私も彼らに何か知っていないか聞かれたが、全く思い付かなかった。
 彼女とは趣味があったので、すぐ仲良くなった。私たちはちょっと不思議で怖い話が好きだった。知っている怪談を披露しあうのは楽しかった。ただ小心者の私とは違って、彼女は怪談イヴェントに行ったりする積極的なタイプだった。次は有名な心霊スポットに一緒に行こうよと誘われていた。何でもそういう情報を載せてあるSNSがあるのだとか、そこで知ったらしい。怪談話を披露する人がいて、彼女自身も自分の怪談を文章にして投稿したことがあるらしい。それで思い出したのだが、彼女がいなくなる一ヶ月ほど前、私はとっておきの怪談を彼女に話した。ただ残念なことにそれをここに書くことはできない。体験者の同意がない。書くと障りがあるので書いてはいけないときつく言われている。私には禁忌を犯す勇気はない。
 まさか彼女は書いてしまったのだろうか?話し終わった後、注意はしたのに…。彼女は言った。

じゃあ私が書いてみて何か私の身に起こったら障りがあったってことになるよねって。

 SNSを確認せずにはいられなかった。でもどれに書いたのか分からない。読んでみてと勧められ、彼女にいくつかリンクを送ってもらっていたから当たってみる。そしてそれが見つかった。やっぱり彼女はあの話を書いてしまったのだ。偶然だと思いたかった。こんなことになるなんて思わなかった。何故あの話を彼女にしてしまったのだろう?後ろめたさが付きまとう。
 そんなとき母親が体調を崩し、父だけでは色々大変だからと、私は会社を退職し実家に戻ることになった。本当はこのまま会社に勤めていると、彼女のことをずっと考えてしまうから逃げ出したかったのだ。障りなど心の底から信じきっているわけじゃない。彼女がいなくなった責任の一端は自分にあるという思いに付きまとわれるのが嫌だった。
 一年ほどたった頃、スマホでネット検索をしていたら、どういうわけかそのSNSが出てきた。思わずクリックしてしまった。そして、失踪した彼女のあの書き込みのリプライとして、誰かが何かを書いているのを見つけた。読んでみるとこう書いてあった。

おそらくこの話を書いた人は私の知人で、失踪してしまいました。絶対書いてはいけない。

これを読んだ人全員が信じないだろう。でも実際に彼女は消えた。私はいまだにこのことをどう考えていいか整理しきれていない。彼女に教えなきゃよかったと後悔しかない。

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