ジャック・イン・アンダーグラウンド

文字数 3,818文字

コップに水を注ぐと、最初はとくとくと言う、高く澄んだ心地よい音が流れる。水が増えるうちに音は低くなっていき、最後はごぽりという不快な音を立てながら、水はコップから溢れ出してしまう。
俺が思うに、裏社会で生きるというのも同じような物だ。一つの事に注視する。最初はいいが、次第次第に、自分でも気づかないうちに業が溜まっていき、最後はどうあがいても取り返せないような、大きな失敗をする。だから俺は、一つの仕事にとどまり続けるようなことはしない。稼ぎのいいうち……つまり、心地よい音がまだ聞こえているうちに、別の仕事へ移る。俺が長いことこの世界で生き残ってこれたのは、そういう用心の成果だろう。
まあ、それは単に俺が優秀だった、もしくは運が良かっただけなのかもしれないが、この方法を変えるつもりはない。インド、ペルシャ、オーストラリア、アメリカ。様々な土地で、様々な裏に触れたおかげで、俺自身の技術というやつも相当高まった。新しい技術を取り入れるのは、快感でもあるしな。仕事は、愉しんでやらなくちゃ意味がない。
そんな俺が今何をしているのかというと、なんと日本で殺し屋と言うものをやっている。数年前は世界一の警察がお国を守っていたはずだが、俺のいないうちに随分と物騒になったものである。
ターゲットの写真を確認する。そこに写っているのは、華も可憐な女子高生と言ったところか。黒髪を肩ほどまで垂らし、切りそろえている、いかにも優等生タイプ。こんな子を殺すのかと思うと少し心が痛むが、仕事はしっかりやらなくちゃいけないからな。
容赦をする気はない。どうやらターゲットは一人暮らしのようなので、夜間、寝静まった頃、昔盗みをやっていた経験を活かして、部屋に侵入する。狭い部屋だ。と、そこで俺は違和感に気付いた。鼻を鳴らすと、人間の暮らす際に生まれる匂いの他に、僅かに血の匂いが混じっている。それもひとりの物ではない。複数人の血の匂いがした。
「ははあ、さては先を越されたな。と言っても、誘拐か。」
 部屋を見渡して、俺は確信した。上手く形跡を隠してはいるが、なるほど、争った跡がある。ご丁寧に、テーブルの上には伊豆やらハワイやらの旅行パンフレットや、擦り切れたノートブックなどが置いてある。勉強に疲れて旅に出て、そのまま帰らず行方不明に、という筋書きか。よくある手だが、昔名探偵をしていた経験のある俺の眼は誤魔化せない。
全く、間の悪いことだ。誘拐されては、殺しを営む事ができない。見逃してしまってもよかったが、俺は真面目だし、なによりクライアントから仕事がもらえなくなったら、殺し屋を続けることは出来ないだろう。追跡を開始する。
幸いにも俺は狩人の経験があったので、後追いの技術を使わせてもらった。たどり着いたのは、郊外、とも言えない場所にある、中々の豪邸だった。中国人に言わせれば全く、匙の先ほどにもならないちっぽけな大きさだろうが、日本はバブルでもないし、奴等のようにお国が広いわけではない。相対的に、大きな屋敷と言っていいだろう。
鍵は厳重だったが、流石に大英博物館ほどではない。そう時間もかけず、中へ侵入した。昔、怪盗をしていた経験のお陰だ。一度辞めても、身につけた技術はこうして後々役に立ってくれる。それを発揮できることが、少し楽しくなってきた。
いや、少しではない。かなり、楽しかった。人を殺すだけの、意外と単調な殺し屋という仕事に、飽きていた時期だったのかもしれない。滅多にない機会に、俺は浮かれていた。だから気付かなかったのだ。この屋敷に漂う、尋常ならざる雰囲気に。
西洋式の内装を眺めながら、屋敷を見て回る。どこかで見たような外国の装飾が幾つも、部屋に並べられている。そのうちの一つを、掴み、引いて、回す。カタン、という間の抜けた音がし、その横にあった本棚が外に向けて開いた。隠し部屋だ。かつて迷宮探索者だった俺の直感は正しかったようだ。
道は地下に続いている。人の気配はない。それでも足音を立てないよう、慎重に先へ進んだ。大事なものを隠すには、うってつけの場所だ。誘拐されたターゲットも、ここにいるだろう。見つけ次第始末して、終わりだな。
しかし、地下で俺を待っていたのは、そんな生易しい光景ではなかった。大きな銀の扉を開く。視界を、肌色が埋め尽くした。天井を見ても肌色。床を見ても肌色。置いてある机や椅子、ピアノ、照明器具のカバーに至るまで、全てが肌色だった。
「なんだ、こりゃ。動物の皮?珍しい。なんか、高そうだね。これね。」
と、呑気に呟いてみたものの、それが何か、俺はとっくに気付いていた。部屋を形作っているのは、人の体だ。壁や床にはタイルを敷き詰めたように人の体が埋まっている。割合は、男のものが多い。鍛え上げられた広背筋と僧帽筋の間に、隙間をなくすように足や手の指が詰められている。
ゔおお、ゔおお。俺の声に反応して、うめき声が聞こえてきた。
「もしかして、君たち生きてる?」
ゔおお、ゔおお。声が大きくなった。思ってた以上に最悪だ。一歩踏み出してみると、その部分から悲鳴が上がった。なんてこった。どうやらこの部屋を構成する人体は、余すこと無く、命の火を残しているらしい。南無阿弥陀仏!かつて坊主をやっていた俺の霊魂が、思わず叫びを上げた。
「ほう、これはこれは、客人とは珍しい。招かれざる客は、もっと珍しい。いつぶりかな、ここまで人に来られるのは。」
「うわお!びっくり仰天。おっさんいつからいたんだよ!」
言葉通り驚きながら振り向くと、すげー顔色の悪いおっさんがいた。
「これ、あんたがやったの?」
問いかけると、おっさんはもったいぶった様子で頷いた。顔色以上に、趣味の悪いおっさんだな、と俺は思った。
「すごいね。これだけの技を披露できれば、一生刑務所で暮らせるぜ。昔死刑囚やってた俺が保証するよ。」
「そうかな。しかし披露するつもりはない。私一人で、じっくり楽しむためにこの部屋を作ったのだからな。」
「そう?じゃあ今も、一人で楽しみたいよね。俺は帰るよ。あんたの邪魔するつもりはなかったんだ。それじゃ、失礼。」
かつてヒモをやっていた経験を活かし、図々しくその場を去ろうとする俺。しかし、おっさんは退いてくれない。はは!そりゃそうか。だって余罪たっぷりだもん。目撃者を生かしておく気はないよな。
「お前もいい肉体をしているな。ちょうど、天井から血が漏れ始めていたところだ。貴様のパーツで埋めさせて貰うとしよう」
ひゅうっ!おっさんが飛びかかってくる。すごいスピードだが、元ボクシングチャンプ経験のある俺は、当然その動きを見切っている。剣術家だった過去を生かして、武器を抜きながら顔面を殴打。武器商人時代のコネを生かして手に入れた、ソウドオフショットガンを、おっさんの腹にむけてぶっ放す。
「甘くなってくれてありがとう、警察!職務質問されたらやばかったよ!」
 バウンバウン。念入りに頭と胴体に二発ずつ弾丸を打ち込んだ後、その場を去る。この部屋の諸君はかわいそうだが、俺の仕事とは関係ない。あとで甘い甘い警察くんにでも通報しておこう。俺はターゲットを探すため、上階に戻った。
「んむーっ!んむーっ!」
ターゲットは二階にいた。大層な檻につながれて、口をふさがれている。
「おっ。いたいた。誘拐なんてされて大変だったな、お嬢ちゃん。怪我はない?」
外傷はないと思ったが、目を凝らしてみると首筋に傷がある。赤い点のような傷だ。

「落ち着け落ち着け。知ってる?人の肌って、一千よりはるかに多い数の雑菌が生息してるんだぜ。もし傷口に入ったら、色々まずい事になって死んじゃうかもしれない。それは嫌だよな。俺も、今死なれると困る。手当するから舞ってろって。」
 殺す前に死んでもらわれたら、不味い。昔医者だった経験を活かして消毒してやろうと、彼女へ近づいた。
「ふ……。ん!んんんんー!」
「お?なんだなんだ、暴れるなよ。痛いのは嫌かもしれないけど、子供じゃないんだから我慢しろって……うわっ!」
どすん!かつて保育園の先生を生かして宥めようとしたが、失敗だ。彼女の足が俺を蹴飛ばす。直後、俺の首が会った辺りを、鋭い爪が通り過ぎた。うわお!どうやら彼女は俺を守ってくれたらしい。今俺に死なれると、彼女を助ける人もいなくなるから、自分の身を守ったとも言えなくもないが、まあそれはどうでもいい。振り返ると、先程のご老人が悔しそうな顔で立っていた。傷は治ってる。
うーん。これまたびっくりだ。おっさんの追撃をかわし、柵を飛び越え1階へ降りる。なんで生きてるんだろうなあ。銃で撃っても死なない人間ははじめてだ。おっさんも俺を追って一階へ降りてくる。バスン。着地を狙って、銃撃。
やったか?いや、やってないんだな、これが。穿った胸が、巻き戻しの映像のように、塞がっていく。
「ビデオ持ってくればよかったな!次はカメラマンに成れた!」
「ふはは貴様がなるのは死体だしね」
バスンバスン。絶えず銃撃を浴びせてみるが、全く堪える様子がない。
ちらり、屋敷に入ってくる時にみた、装飾が再び目に入った。オーストリアで見たやつあっこいつは吸血鬼だ昔ドイツにいた経験太陽の光を浴びせると死んだ
ターゲットの所に戻る。ゴリラだったが見捨てたが美少女「次は正義の味方も悪くないな」俺は屋敷を去って警察に通報皆病院で治療されハッピーエンドだ終わり。
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登場人物紹介

ジャック。裏社会とかで生きるヤバいやつ。強い。

忍者くん。

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