第3話

文字数 2,222文字

 履きなれた運動靴に巻き付けるように、ベルトで飛行装置を固定して立ち上がる。
 いつものような鉄を足に巻き付けているような重さは全くない。
 これなら、腿付けジャンプもできる。

「すごくいい……!」

 開発者の名前を見た時は、少し困ったけど、考えてみれば、性格はちょっとどころではなく変なだけで、開発した物はしっかりしたものだ。

「隊長だけ、最新装備ですか?」

 そう言って声をかけてきたのは、確か第三中隊隊長の我妻中尉。

「うらやましいですなぁ」

 縦にも横にも大きな人だから、目の前に立たれると圧はすごいものの、この気さくな空気のせいか、他の大尉や中尉よりも威圧感は強くない。

「まだ実験段階だそうです」

 これが最終実験。問題がなければ、実用化に踏み切るらしい。

「いやぁ……あの地獄を体験しないとは、うらやましい限りですな。自分は、これで沼にはまって大変でした」

 それは大変だっただろう。
 私が最初に履いた時は、靴が重すぎるものだから、自分が転んだところで、完全にバランスを崩して倒れるまで、靴が倒れないってこともあった。
 あの時の痛さって、表現のしようがない。

「では、これから飛行訓練ですか?」
「はい。とりあえず、内容からして、1万メートルくらいで耐えられるか確認できればいいかと思ってて」

 通常の魔導士は、空気を生成しなくていい高度までしか飛ばないため、だいたい6000メートル程度だ。
 だから、それ以上の高度での耐久試験が求められているのだろう。そうなると、8000~10000メートルが求められている高度。
 10000メートルで耐久試験しておけば、文句も言われないだろう。

「とりあえずで1万行こうとするのは、隊長くらいですよ」
「ぇ゛」

 我妻が少し頬を引きつらせていた。
 我妻の表情は少し気になったけど、任務は任務。早く済ませてしまおうと、飛ぼうとした時だ。
 警報が鳴る。

 すぐにデドリィ出現による出撃命令が下った。
 訓練をしていた他の隊員も、すぐさま訓練から実戦へ準備を整え直すと現場へ向かう。

 いつものように、私も久保さんと一緒に出撃する。だが、無線から聞こえてくる音は、相変わらず私なしでも問題なさそうな様子だけ。

 戦いたいわけではない。けど、ここに私は必要ないような気がする。
 私よりも強くて、連携が取れている部隊に、改めて契約魔導士が必要かどうかとなると、怪しい気がする。
 きっとこのまま、いつものように事無く終わるだろう。
 少し、気を抜きかけたその時だった。

 ぞわ……

 肌を撫でられる感覚に、呼吸が止まる。

「――――ぁ」

 息を吸い込めば、酸素と一緒に魔力も全身へ巡らせた。

*****

 隊員たちもその違和感に、一度動きを止め、周りに目をやる。
 そして、見つけた真っ赤に輝く地面。そこから溶け出すように、出てきた巨大な球体。
 先程まで戦っていた小物とは違う、巨大な目と胴体の半分以上あるであろう巨大な口が、アンバランスな体を引きずりながら現れた。

「モホロビ級! 数 1!」

 苦しげに目が歪むと、引きちぎれるような音を立てて小さな胴体から生えてきた腕。
 腕は、そのまま銃を向けた隊員たちを叩き落とした。

「――ッ第三中隊は回り込め! 第二中隊は奴の注意を引きつける!」

 駆け付けた坪田はすぐさま、交戦していた第三中隊に指示を出す。
 中隊に気がついたモホロビ級は、食事をやめ、新たな燃料(まりょく)に腕を振り上げた。
 精鋭を集めたといわれるだけあり、不意打ちではない単調な攻撃の回避行動は可能だった。

 第二中隊に注意を引き付けられているデドリィは、回り込んだ第三中隊から銃で何発も撃たれ、巨大すぎる口から悲鳴が上がる。

「効いてる!」
「押し込めるぞ!!

 デドリィの核は、まだ見えないが、決して装甲が厚い敵ではない。この調子でいけば、倒すことも可能だ。
 勝てる予感に心を浮つかせながら引き金を引いたその時、叫ぶ口の底が光った。

「火?」
「なっ――」

 火を吐くと理解した瞬間、その射線上から逃げたが、あまりに広すぎる炎の範囲に、第二部隊は炎に呑み込まれた。

*****

「――!!
「――」
「――」
「――」

 呼びかける声に、目を開ければ、加賀谷たちがいた。

「! 坪田大尉、意識が戻られましたか。よかった」

 仲間たちがまだ戦っている音がする。自分たちが落ちた後も、戦い続けてくれたのだろう。
 起き上がろうとすれば、衛生兵である引田が背中を支えてくれる。
 体は痛むが、防壁魔術のおかげか、軽傷程度で済んでいる。戦闘を続けることも可能だ。

「状況は?」

 部隊の再編成は必要だろう。
 炎を吐くのは、少し予想外だが、奴の攻撃手段が、腕と口から吐く炎だというなら正面ではなく側面と背後から叩けばいい。
 攻撃が通らないというわけではないなら、戦い方次第でどうにだってできる。

「第二中隊の半数は戦闘の継続は難しい状況です。第三中隊は4名が撤退しています」

 それなら、第二、第三で動ける人間をまとめるべきか。
 第一中隊を第二、第三の補完に当てるべきか。

「久保さん」

 久々に聞いた小さな隊長の声に視線を上にあげれば、こちらにも目をやり、少しだけ微笑んだ。

「怪我したみんなの手当をお願いします」
「は……? なにを」

 しっかりと頭を下げた加賀谷は、混乱している久保を他所に、デドリィに向き直った。

「アイツは、私がやります」

 その返答を聞かず、加賀谷は飛び上がった。
 残ったのは、地面の氷と冷気だけ。
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