ヘッドセット・キッズ

文字数 1,319文字

晴天の昼下がり、古着のTシャツに黒のスキニー、スニーカーとよくあるラフな格好でコーヒースタンドで買ったこだわりのアイスコーヒーを片手にスケートボードに足をかけた。慣れた様子で落書きだらけの汚い街を颯爽と駆け抜ける。人混みをすり抜けるのは思ったより得意みたいだ。

耳の相棒にはヘッドセットを選んだ。ヘッドフォンタイプではなく、流行りのワイヤレスタイプのオシャレなやつだ。これなら街の騒音が聞こえないから、劣等感に嘘をついてきた水簿らしい大人の言葉も聞こえなくなる。

スマホをいじりながら歩くスーツ姿の大人の横をスケートボードで抜かした。冷たい視線を感じた。その前にいた洋服を買ったと思われる紙袋を持った2人組みの女の子も抜かした。ヒソヒソと話す声がしたような気がした。その前には手ぶらでフラフラ歩くおじさんの横を抜かした。なんか叫ばれたけど聞こえなかった。多分「危ねえだろうが!」とか言ってたと思う。

ヘッドセットをつけたらくだらない誹謗中傷、どうやって今まで生きてきたのか知りたくなるダサイ大人が一瞬にして消えた。視界に入る様々な人間たち、目立つブラックの高級車、ショップウィンドウ、絵に描いた動く景色になった。
ヘッドセットをつけると悪い言葉が聞こえなくなるだけではない。劣等感を和らげてくれる褒め言葉という薬ももらえなくなった。けれど、褒められるために生きているわけでは無いのだと気付けたから別に良かった。
ヘッドセットをつけている時は僕だけが生きる世界になった。「僕だけが生きる世界」それは僕がその世界の王様になったわけでも、僕だけ1人取り残された訳でも無い。
イヤホンでも、ヘッドフォンでもなく、ヘッドセットを選んだのは、一方的な音楽で街の騒音をかき消したく無かったのだ。外野の言葉全てシャットダウンして僕の声が聞こえるようになる。僕は聞きたいだけの声が聞ける。そして何より僕の声が僕が届けたい人に届くのだ。

アイスコーヒーを飲み干したと同時にヘッドセットを外した。すっかり氷も溶けて空になったプラスチックのアイスコーヒーの容器を見て、僕もこれと同じく結局空っぽの人間だということに気づいてしまった。顔を上げると日が落ちる前の青とオレンジのグラデーションの空があった。透明なプラスチックのアイスコーヒーのカップ越しに見る青とオレンジのグラデーションの空は、空っぽの人間でもいいのだと言われてる気がした。そうか、どこかのコーヒー屋さんでもう一杯アイスコーヒーを買えばいいことだし、同じ店に戻ってお代わりすればいいのか。ヘッドセットを外した今の僕は、リセットされた状態の最強の僕なのだ。


90年代生まれが鳴らす90年代オルタナティブロック「NITRODAY」。初めてNITRODAYを聴いた時「この才能を潰してはいけない」と思った。私は彼らとは学年が被るか被らないかぐらいのほぼ同年代で、私が先輩である。バンドリスナーとしてこの才能が、今の音楽業界に殺されて欲しく無かった。

まだ「少年たちの予感」のCDは買っていない。次ライブに足を運んだ時に、この曲をライブで聴いてから手に取りたいのだ。それまでは待っててくれないか。
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