幸せの形

文字数 739文字

 俺は思い出す限りをシンさんに話した。
「とっても面白い彼女さんだね。」
優しい口調で続けてシンさんは話す。
「水野さんのことを僕はあまり知らないけれど、君にはその彼女みたいな人が必要なんじゃないかな。」

 今の話を聞いてどこからそうなるんだ。
「どれだけ俺が言っても、無駄なことばかりするんですよ?」

「水野さん、人生に正解なんてないんですよ。それと同時に人の幸せの形っていうものはひとつじゃないんだ。」

 幸せの……形……
よく言われてみれば考えたこともなかった。
ただ周りの人よりいい大学へ行き、お金を稼いで、結婚して、子供を産む。
そしてそのまま老後を過ごす。漠然とした”在り来たり”を過ごそうと考えていた。
人はそれぞれ見た目も価値観も違う。
今回ばかりは多少納得のいくことを言われた気がした。

「人生っていうのはね、暗くて右も左も分からないとても長い道のりを、いろんな人の靴跡をみながら、そして他人に自分の靴跡を残しながら手探りで歩いていくことだと僕は思ってる。だから正解なんて水野さんでもゴールにたどり着くまで分からないはずだ。いろんな寄り道をして、これまでになかった感情を楽しんでみたらどうだろうか。」

続けて放たれた言葉に俺は動揺した。
今俺が喋っている相手は何者なんだ?
何も知らない相手からこんなに圧倒されることがあるのかと。
しかし、それほどまでに説得力のある喋り方。
少しだけ参考にしてみよう。そんなことを思わされた。

「なんとなく仰っていることを理解できた気がします。俺なりに考えてみようかと思います。」

 シンさんは少し嬉しそうな顔をして、長い前髪を左手で整えていた。
横には爆睡の三谷。店の奥にはスマホを触ってだらけているユリさん。

この空間も俺にとってはひとつの幸せの形なのかもしれない。
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