深夜の研究者のモノローグ

文字数 1,026文字

 いつもの部屋に入り、時計を見ると24時50分。1日4回のルーチンのうち、深夜1時のターンにはピッタリの時刻だった。
 マスク越しでも感じられるほどのケモノ臭で、小さな室内はムッとしている。ずらりと並んだ飼育ケージには、それぞれ6匹ずつ、全部で100以上のマウスが暮らしているからだ。
 彼らは全て、私が作った組換えウイルスワクチンを接種済みの、実験動物だった。

 ウイルスワクチンの研究において、動物実験は欠かせない。どれほど理論的に優れていても、生体内で期待通りの成果を発揮するか、また副作用はどの程度なのか、試してみるまでわからないからだ。
 ウイルスの遺伝子を改変して、ワクチンとして働く組換えウイルスを作成した後は、こうして動物実験の段階となる。私は分子生物学者であり、動物の扱いは専門ではないが、先月から毎日この動物実験棟へ入り浸っていた。

 血中のウイルス量や抗体価、免疫遺伝子の活性などを調べるため、採血を行う。それは1日1回で済むのだが、マウスの状態観察は毎日6時間おきという手順だった。
 ワクチンの効き目が弱かったり副作用が出たりして健康を害すると、マウスは食欲がなくなり、体重も減ってしまう場合がある。だから体重測定により、健康状態を数値的にチェックするのだ。
 また、肉眼でも観察する。生きているのか死んでいるのかを見て、生きている場合は、健康状態なのか麻痺状態なのかを確認する。
 生きているけれど動けないから健康とは言えない。それが麻痺だが、この判別が意外と難しい。
 例えば人間も、健康だが疲れて熟睡している人と、病気で昏睡状態に陥った人は別物なのに、揺すっても起きなかったら区別しにくいはず。
 マウスも同じであり、つついて確かめる。ああ、ぴょんと動き出した。これはわかりやすい。眠っていただけらしい。深夜だから……。
 私は「ごめん」と声に出して謝った。

 動物実験といえば、世間では残虐なイメージかもしれない。私も学生の頃は「かわいそう」と思っていた。
 でも、いざ仕事で本格的に行うようになると考え方が変わった。
 研究者にとって、実験動物は大切なデータを与えてくれる存在だ。むごたらしい扱いなんて出来やしない。
 だから私は、愛情をもって接している。彼らは皆、可愛いペットなのだ。

 マスコットサイズのマウスたちを手に乗せれば、生き物の温もりが肌に伝わってくる。
 ルビーのように赤く輝く瞳と、ふわふわの白い毛並み。
 なんて愛らしい存在だろう!
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