コージーでミステリーな日常のために

文字数 1,578文字

 疫病による休校のとばっちりで夏休みだというのに平常授業があり、蒸し風呂みたいな教室で終日の授業を受けたあと、茹で上がったぼんやりとした頭を抱えて駅から自宅までの道を歩いていると、不意に耐えがたい悪臭が鼻をついて、わたしは「んにょっ!?」と、妙な声を上げながら、ちょっと浮ついていた意識を一気に現実に引き戻される。臭い。それも悪臭というのは、とてつもなく現実のものなんだなぁと思う。ちょっとやそっとの臭いではなく凄まじい悪臭で、マスクの上からさらに鼻を押さえつつ目を走らせて原因を探ると、すぐにそれが見つかる。
 ゴミ屋敷。
 パッと見の外観だけなら、そこまで荒れ果てている印象はなくて、臭いさえなければむしろそれなりの邸宅にも見える。洋風の造りで、築年数は古そうだけど素性や普請は良さそうな感じだ。でも、前庭にはまるで豪雪地帯の除雪山のように白いゴミ袋が積み上げられていて、それがこの凄まじい臭気を発しているらしい。道路と敷地の境目を示すように、大きな切り株がいくつか一列に並んでいて、ゴミはまだそのラインから溢れ出てはいないけれども遠からず溢れ出してきそうな雰囲気だし、なにより臭いは人間の定めた境界など気にせずにガンガンに漏れ出してきている。
 うえ~なんじゃこれ~と思いながら早足で通り抜け、臭いがおさまったところでようやく足を止め一息つき、わたしは考える。
 せっかく立派なお家なのに、なんであんなゴミだらけにしちゃうかな~とかもあるんだけど、それ以前の問題として、あんなところにあんな家あったっけ? なにしろ、駅から自宅までの通り道であり、通学路だ。だいたいいつもぼや~っと漫然と歩いているとはいえ、毎日通っているんだから、あんなものがあればさすがに記憶に残っていそうなものなのに、わたしにはまったくそんな覚えがない。
 ゴミ屋敷が突如、通学路の途中に生えてきたとしか思えない。
「ね? 不思議じゃない?」
 神社の境内で階に腰掛け、わたしが説明すると、昇は当たり前みたいに「切り株はいきなり現れるわけじゃない」と、当たり前のことを言う。
「そうだよ。いきなり現れたりしないものがいきなり現れたから不思議だね~っていう話で、びっくりしてるんじゃん」
 わたしが口を尖らせて不服を表現すると、昇は「そうじゃなくて」と、首を振る。「切り株は、なにをどうしたらできるんだ?」
「どうって。たとえば、大きな木を切り倒したら、切り株が残るよね」
「だから、そういうことだろ」
「どういうことよ。昇、近頃、言葉がズボラ過ぎなんじゃない?」
 昇はしばらく考えをまとめるように黙り込み、また喋りはじめる。
「つまり、ゴミ屋敷と道路の境界を示していた切り株は、つい最近まで切り株じゃなくて木だったんじゃないかってこと。切り株が残るほどの大きな木が一列に生えていたから、それが目隠しになって背後の邸宅は目に入らなかったんだけど、見えてなかっただけで、以前からそこにゴミ屋敷はあった。木が一掃されて見えるようになり、かつ、この暑さでゴミが腐って悪臭を放ちはじめたことで初めて神野の気を引いたんじゃないか?」
「あ~なるほど! すごいな昇、名探偵じゃん」と、わたしもその場では納得するんだけど、翌日、学校からの帰りに同じ道を通っても、もうあのゴミ屋敷は見つからないし、撤去されたような痕跡もないし、ゴミ屋敷の手前にあった家も奥にあった家もたしかに存在しているから見間違いや勘違いなどではなく、完全に忽然とゴミ屋敷は姿を消しているのだけど、わたしはもう昇に報告もしないし、考えないし気にしない。
 わたしが求めているのは日常系でコージーなミステリーであって、ガチの怪異には二度と関わり合いになりたくないし、そのためには適度なところで適当に納得しておくことが大事なのだ。
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