短編

文字数 1,343文字

私は今、昼下がりの公園を歩いている。
お日様が気持ちいい。
木々は揺れ、鳥が囀ずる。
足に感じる土の感覚を踏みしめ、私は両足を使い、歩みを進めている。

というのはまったくの幻想であり、幻想でありながら私は今体験している。不思議なことをいっているようだが事実なのでしょうがない。

一言で言うなれば、私は今、水槽の脳状態である。
作られた仮想世界に完全にログインし、既に仮想世界の住人として引っ越しも終えている。

さて、まだ仮想世界に入っていない人のために仮想世界の中をレポートしてあげよう。
ちなみにこの文章は私の思考に合わせてAIが自動生成した文字であり、検索すればいくらでも見れるようになっている。


仮想世界について何から話そうか。
まずは見えている景色について。冒頭ではあえて水槽の脳を説明するために公園を歩いたが、この仮想世界(以下において世界)では私の想像通りの世界が見える。皆がちょうど「宇宙船から見た地球はどんな風に見えるのだろう」と考えながら、見る景色。それがわたしには本当に宇宙船に乗っているように見える。目の前にある窓から覗き込めば、地球が見える。本当に地球は青かった。

視覚だけを説明したが、この世界では五感すべてが私の想像通りになる。見たいものを見て、聴きたい音を聞いて、嗅ぎたい香りを嗅いで、食べたいものを食べ、触りたい物を触る。この世界では好きなものが食べられて、好きなものに触れて…ができる。だからうまくやれば××××だってできる。…禁止ワードに引っかかったらしい。なんにせよこの世界では私の思い通り。何をしたって誰も私を責めない。まるで自分で動かせる夢(明晰夢)だ。

あとは…そうだな。生理現象がなくなった。睡眠も排泄も生理もなくなった。“体”から解放されたのだ。耐え難き空腹はもはやない。好きなように食べられる。醜く膨れ上がった足もない。好きなように歩ける。私を妨げるものたる私自身は消えた。脳はコンピュータに接続し、体は培養液につけてあるらしい。もう私の醜い体は処分してもらって構わないのだが。

そして、なにより、
他人がいない。これが一番の喜び。私の世界の中に他人は存在しない。というよりさせていない。他人という存在は邪魔だ。いてはならない。他人は私を嘲笑う。右足が正常に動かせない私を笑う。右足が動かせないせいで運動もままならない。運動もままならないと、どんどん太る。私だってあんな体に生まれたくなかった。あんな体さっさと捨ててしまいたかった。小学校の頃から笑われ続け、それでも必死に逃げてはならないと、体から逃れることはできないと、苦しんでいた。そんな中この機械が開発され、私はこの世界に入った。すなわちそれは待ち望んだ体からの逃亡だった。そして嘲笑からの逃亡であった。

私はもうこの世界から出てくることはない。もうあんな体には戻らない。私はこの世界で生きるのだ。

















無機質でありながら至るところが光る部屋。中央には、コンピュータに接続された脳。棺型の箱の中には、右足のない体。母と医師がモニターに映し出されるレポートをずっしりとした空気で読んでいた。
「こういう訳なんです。お母さん。娘さんはもう帰ってくることはありませんよ。」
医師が淡々と告げる。娘の目には母の涙は映らなかった。
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