定年課長は嫉妬する

文字数 1,998文字

私は美人が好きだ。
と言っても美人には色々な美人がいる。
そう、私が好きなのは所作美人なのだ。

前の席の吉村君は手が美しい。
指はゴツゴツと骨張って、白い指で色気がある。
その横の木島君は元店員さんだった癖か、書類を出すとき美しく一礼する。

「課長、お茶です!」
「すまないね」
「あ、課長、ゴミが付いてますよ。」

上着のゴミを取って、ニッコリ笑う。
一番若い三島君は、笑顔がステキで元気がいい。
日が差して目を細めると、吉村君がブラインドを下ろした。

「課長、もうすぐ定年ですね。」
「ああ、この席ももうすぐお別れだよ。」

「残留も出来たんじゃないんですか?」
「ははは、三島君にそう言われると嬉しいなあ。」

吉村君が、思い出したように上着をめくってみせる。

「課長、このあとスーツのオーダーやってる所教えて下さい。
以前言ってた所。」
「ああそうだったな、久しぶりに飲みに行くか。」


終業後、二人連れだって服を見に行く。
行きつけに案内すると、彼は店長がひどく気に入ったようだ。
後日改めてと予約して、居酒屋に立ち寄る。
しばらく来ない間に注文がパッドになっていた。

「おやおや、こんな物までパソコンだ。」
「僕が頼みますよ。 勇二さん、何がいい?」
「ビールと、食事は(かおる)の好きな物を頼みなさい。」
「じゃあ、勇二さんの好きなカツオのたたきと、焼き鳥のつくねは定番ですね。」

注文して、すぐにビールと小鉢がやってくる。

「どこか勤めるの?」
「いや、隠居だよ、しばらく好きなことするさ。」
「一人は心配だな。」
「ふふ、薫は心配性だね。」

薫の手が、勇二に重なる。

「だから、さ…… え? 」

突然二人の真横に、1人の男が立ちはだかった。

「なぁにが勇二さんだ。イチャイチャ服選びしやがって。」
「三島君じゃない、盗聴でもしてた?」

サッと薫の横に座り、ビールを頼む。

「相席お断りしたいんだけど。」
「課長の家に泊まるつもりだろ。」
「同居の相談。ね?勇二さん。」

「な、」ガタン、

「お待たせしましたー、生ビールでーす!」

愕然と動きの止まった三島の前に、生ビールがドンと置かれた。
眉をひそめる薫が、勇二にそっと声を潜める。

「勇二さん、上着のポケット見て。盗聴器入ってますよ。」
「ほう、それはまた物騒だな。」

「違っ!」 三島が焦り始める。
勇二が、小さな黒いボタンを取り出した。

「ほら!犯罪だぞ、これ。」
「ぼっ、僕のじゃないし。」
「警察に届けます。」

薫が手を出すと、勇二がその手を握り、左手でポチャンとコップの水に入れた。

「なんで?!」
「無粋だよ、薫。
君との楽しかった時間を聞かせてあげただけだろう?
なんなら、夜の時間も聞かせてあげて良かったのに。」

勇二がクスッと笑って、薫に微笑みかける。
薫はカッと顔が紅潮して、思わず口元を隠す。
ギリギリ唇噛みしめ、三島がビールを飲み干した。

「課長、僕のこと嫌いなんだ。」

うるうるした目で勇二を見る三島に、微笑み、背もたれに肘を置いて頬杖をつく。
足を伸ばし、コツンと三島の靴にあてると、ビクンと三島が顔を上げた。

「怒ってないよ?」

薫が眉をひそめ、ドカッと勇二を蹴った。

「何してんです?テーブルの下で、いやらしい。」
「だって、三島君、可愛いじゃないか。」
「可愛いなんて……」
「焼き餅焼く薫は、もっと可愛いけどね。」

意地悪く笑って、たまらず薫が目をそらす。
もう、ずっとあおられっぱなしでイヤになる。
そうしてると、女性の姿が近づいてきた。

「やっぱりいた!三島!帰るわよ!」
「木島君か、大変だね。」
「すいません、もー諦め悪い奴で。」

「木島〜、俺からGPS外してよ〜」
「はっ!一生つきまとってやるわよ!」

「これ盗聴器だよ?この犬、折檻頼むよ。」
「あーー、すいません、身体にわからせときます。ほら!行くわよ!」
「か〜ちょ〜 」
「ビールおごりだよ、良い夜を。」

2人でバイバイして、別れる。
笑って見送る勇二に、薫が怒って言った。

「もう!誰も彼も誘惑して!
食事沢山頼みますから、全部食べてくださいよ!」
「おいおい、僕はもう年なんだから、考えてくれよ。」
「こっちは嫉妬で焼け死にそうだよ。勇二さん、これが原因で課長止まりじゃないですか。
ほんとは上から話あるんでしょ?!」
「んー、じゃあ、見張っててくれる?」
「老後の世話なんてまっぴらですからね。」
「だよね。」

笑って食事をする勇二に、薫が箸を止めた。

「だから、いつまでも元気でいてよ。やっと一緒に暮らせるのに。」
「おや、来るの?」
「見張ってなきゃ、また浮気するでしょう?」
「魅力的な子が多いだけさ。」
「もう!」

そうして退職後、薫が越してきて、静かな同居生活が始まった。
美しい手が毎日見られるのはとても嬉しい。

だがある日、郵便を取りに行くと、
三島君と木島君の結婚式の案内が来た。

ああ、とうとう来たか。

可愛い三島君の、あの時の声やなまめかしい姿を思い出す。
ちょっぴり寂しいような気分で、木島君に嫉妬した。

酒でも飲もう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み