第1話

文字数 1,273文字

 最初は偶然だった。たぶん。
 電車の中、大学の友人との帰り道。私の耳はあなたが降りる駅のアナウンスを聞いていた。ドアはいつものように閉まる。目の前の降りるべき人を残して。疑念を抱いているのは私だけだ。
 おしゃべりしている最中といえども自分の降りる駅くらいは流石に気付くはず、と思っていたが、聞いたところによると本当に分かっていなかったらしい。めんどいし折り返すわ、の一言で終点まで一緒に来たのにはびっくりした。
 変わった人だなと思った。
 その後また別の日、彼に私の所属するサークルの相談をすると、話すタイミングがないからと毎度私の降りる終点までついてくるようになった。
 相談が終わっても、まだ彼は居続けた。他愛もない話しかしなかったけれど、面白い彼がいてくれることは嬉しかった。電車の中は毎日の楽しみとなり、帰り道の一人の時間は二人の時間となった。彼にしてみれば、ただ帰る時間が遅くなるだけなのに。
 やっぱり、変わった人だなと思った。
 話していたら共通の趣味が見つかったので、私は彼を遊びに誘った。もしかしてこれはデートと言うんじゃないかと思ったが、「友達」と行くんだからそうじゃないだろうと自分を戒めた。戒めをしようとしている時点で「何か」を抑圧していることにはまだ気づくことができない。しかもそれが記されたのは、どうやら砂の上のようだった。
 半日ともに過ごす中で、頭を撫でられたり寄りかかられたり、距離の近さにあたふたしただけで、抵抗は何一つできなかった。でもそれは強制的にできなかったのではなく、自分で下した判断だった。
 もう、変わった人だな、で終わらせるのには、とうに限界がきていた。

 平日が終わる日。今日もまた、あなたは降りるはずだった駅を過ぎて終点まで行く。その真意は分からない。そういうことにしておいた。
 分からないままの方がいいことだってある。気持ちが溢れ出さないようにするために。
 今なんでだかゆったりと背中を撫でられているこの状況がまさにそうだ。突然の出来事に緊張している私の体を、あたたかい手が撫でている。上着の上からでも感じる体温。それとともに伝わる彼の優しさ。硬くなった今の私を溶かすには十分だった。
 視界の半分は彼で埋まっている。気持ちいい、嬉しいって、本当はそう伝えたいけど、まだ「友達」だから。「ん?」と、何にも知らないフリをした。そうしたら真面目な声で「土日の分」なんて言われてしまって。脳も体も心も、私は電車のせいで揺れているのか分からなくなった。

 最近、気づいたときにはあなたのことを考えている。あなたのことしか見えないとこまできてしまっている。でも苦しくない、なんでだろうね。知らぬ間にあなたの色に染められてしまっている私は、もう後には戻れない、戻らない。
 帰り道、駅のホーム。過ぎていく電車をぼぅっと見つめて、色がつくのを待つ。
 許されるのなら、今にもう少し甘えていよう。何にも見えないフリをして、あなただけを見る。耳に馴染んだ足音を聞いて振り返った。
「偶然だね」
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