第6話

文字数 2,538文字

                    6

 「実はこの日記には文章の一文字目を横に読んで解く暗号以外に もう一つ暗号が隠されていました。」
 金澤が日記を開いた状態で私たちの方へ向けた。
 「もう一つの暗号・・・ですか?」
 片山がじっと日記に顔を近づけて見つめる。
 「何か気付くことはありませんか?」
 金澤が言った。
 「築山さんはどうですか?」
 「勿体ぶらずにさっさと答を言ってもらいたいものだね・・・、この際だから言わせてもらうが私は昔からクイズとかなぞなぞとか嫌いでね、否、我が物顔で出題する奴が鼻につくんだ。答を知っているというアドバンテージだけで見下すのは止めてもらいたいね。」
 この際、私は胸にため込んでいた不満をぶちまけた。
 「そういえば 時間が漢字ではなくカタカナになっていますね?」
 片山は私の不満など気にもせず金澤に付き合うように嬉々として言った。
 「解くうえでは半分正解です。でもこれだけでは暗号は解けません。もう一つ、重大な何かに気付かなければ。」
 「重要な何か・・・ですか・・・?」
 片山は手元に日記を引き寄せてじっと見つめた。柔和な目をしているのにこの時ばかりは睨むような鋭い目つきだった。
 「あ・・・、わかったかもしれません。」
 片山が顔をあげて頬を緩めた。
 「はい、片山刑事、どうぞ。」
 金澤がクイズ番組の司会者のように彼に回答を勧めた。
 「何度か同じ日付が出てきますよ、これが手掛かりでしょう? 一月一日が二回、二月十一日が二回、八月十一日も二回出てきます。でも、あとは一回しか出てきません。」
 「そうです、そこまで分かっていればあとはその日付を変換するだけですよ。」
 「変換? 変換って一体何に変換するというのですか?」
 「築山さんは気付きませんか?」
 金澤に話を振られて私は日記を一瞥する。飛び込んできたのは一月一日と八月十一日の私の誕生日だった。共通点が分かったような気がした。
 「一月一日は元日で 八月十一日は山の日、どちらも国民の祝日だ。」
 「正解です。ちなみに二月十一日は建国記念の日、あとの日付も四月二十九日は 昭和の日、五月四日は みどりの日、十一月二十三日は 勤労感謝の日、そして十二月二十三日は天皇誕生日で カトウさんの日記は全て国民の祝日に変換することが可能でした。ここまで説明すれば片山さんにももうお分かりになるのではありませんか?」
 「日記を祝日にばかり書いていたことは分かりましたが さっぱりですね・・・。」
 片山刑事は苦笑いをして言った。
 「では説明の続きを。日付を国民の祝日に変換した上で決められた箇所の文字を拾っていくだけです。4ジ、5ジ、ってありますよね、本当ならジは時と書いていいはずなのにあえてカタカナにしているというのは 時ではなく字であると察して欲しいカトウさんからのメッセージです。ですから 元日の四字目のツ、建国記念の日の五字目のキ、このように全てを拾っていくと こうなります。」
 
 元日     → ツ
 建国記念の日 → キ
 山の日    → ヤ マ
 元日     → ガ
 みどりの日  → ミ
 山の日    → ヤ マ
 建国記念の日 → コ
 勤労感謝の日 → ロ
 昭和の日   → シ
 天皇誕生日  → タ

 金澤はテーブルの上の紙ナプキンに綺麗な字で祝日と対応する文字を書きあげた。
 一文字ずつ完成する度に 鼓動が早くなるのを感じた。まさか、こんな仕掛けまであの女は残していたとは・・・。
 「築山が深山殺した、という文章が浮かんでくるわけです。」
 「嘘だ・・・、これは河東が私を陥れるために仕組んだ罠だ・・・。」
 私は首を左右に不利ながら震える声で言う。自分が錆びついたゼンマイ仕掛けのオモチャみたいにしか動けないのが情けない。金庫の中身さえ処分すればすべてが事足りると思っていたのに・・・、まさか日記にも仕掛けがしてあったとは・・・、どこで私は選択を誤ったのだろうか・・・、金澤に日記を見せたことか? それとも大塚に相談したことか?
 「ここからは完全に僕の勝手な推測ですが おそらく築山さんは一年前に深山晶さんを事故に見せかけて殺害した。それをカトウさんに見られていて脅されていたのではないでしょうか、おそらく金庫の中身は築山さんの犯行を裏付ける証拠。彼女の脅迫に耐えられなくなった築山さんはカトウさんに危害をくわえて金庫の中身を回収しようとした、そういうことだと思います。」
 まるで見てきたように言うのだな・・・、私は力の無い目で金澤を見つめた。
 「証拠はあるのか・・・?」
 この期に及んで私は自分でも呆れるくらい愚かな言葉を吐いた。完全な負け犬の遠吠えだ。証拠など河東の部屋の金庫にある。それを見られれば私は一巻の終わりだった。このまま全て、作り話でした、で切り抜けられるほど世の中は甘くない。
 「金庫を開ければ出てくるのではありませんか?」
 金澤は私の突いて欲しくないところを駄目押しのようについてくる。
 「詳しくお話を聞くことになりそうですね・・・。」
 片山が有無を言わせない口調で言った。仏様のように柔和な顔はもはやどこにも無かった。私はその迫力に息を飲む。
 駆け付けた警官に挟まれるようにして私は席を立つ。容疑者として連行される私を悲しそうな目で見つめる金澤にずっと引っかかっていた事を尋ねた。
 「どこから疑っていましたか・・・?」
 「最初におやと思ったのは築山さんが試した金庫のナンバーです。どうして相手の誕生日や生まれ年で 自分のものは試さなかったのだろうと思いました。で、その後、続けざまに住所や電話番号の下四桁と言われた。普通、恋人同士ならまずお互いの誕生日を試すのではないかと思ったんです。まあ、彼女がいない僕の勝手な妄想なんですけどね。それだけです。」
 金澤は悲しそうに微笑んだ。
 「次があるなら今度は自分で解くようにしますよ。」
 そこで思いつく最大限の強がりを言って私は店をあとにした。だからクイズやなぞなそを出す人間は嫌いなんだ・・・、どこかで河東亜矢子が笑っているような気がした。

                                       〈完〉
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