第1話

文字数 1,033文字

今朝のリモート会議は散々だった。
週末を丸々つぶして準備し、自信を持って臨んだプレゼンテーションは最初の数分で上司から止められた。
「何回言ったら分かるんだ!当社の置かれた厳しい状況に対する分析が全くできていないじゃないか!」
その後はずっと説教が続いた。言い訳をする機会も与えられなかった。自分だってろくな分析ができないくせに、人のやることにはことごとくケチを付けるのだ。
以前なら、こんな不愉快な気分の時は気のおけない友人に会って、軽いスポーツで汗を流せばスッキリとしていた。お互いの良い動きに対するリスペクトを込めてハイタッチなんかすれば尚いい。嫌なことも嘘のように忘れられたのだ。
でも今の時代、そうしたことさえもかなわない。

そう言えば故郷の友人たちとは、しばらくの間誰とも会っていない。
それどころか、一緒に同じ会社に入社したはずの同期の友人たちとでさえ直接顔を合わせることはほとんどない。
今、友人達をたまに見かけるのは、コンピューターや携帯電話のディスプレイの中でだけだ。ディスプレイの中ではお馴染みの顔が、聞き覚えのある声で話しているけど、その場の温度や匂いまでは分からない。あの柔らかい手触りも感じることができない。
そんなことを考えて、ベッドに入ってもなかなか寝付けないでいた。
ついに眠ろうとすることをあきらめ、目を開けると枕元のデジタル時計が「0:30」を表示していた。やれやれ、真夜中を過ぎても、1日はまだ終わらない。実際には日付の変わる前の日の「24:30」ってことじゃないか。
つまらない日ほど、一日は長い。

暗い部屋の中でふと窓の方に目を向けると、厚いカーテンの隙間からとても明るい光がもれていた。そっとカーテンをめくると、そこにおもいがけず懐かしい友人の姿があった。昔からよく知っている親しい友人の顔。
それは月だった。
懐かしい、昔のままの月だ。ほぼ満月に近い、白く輝く顔がこちらに気づき、笑いかけてきた。思わず窓を開けて、その顔に手を触れようと身を乗り出した。春の夜の暖かい風が吹き込んできて、髪をそっとなでてくれた。故郷の甘い、懐かしい匂いを感じることができた。
月の光は部屋の中にまで差し込んでくると、懐かしい冗談を言い、ハイタッチに応じてくれた。そして、これから毎晩この部屋を覗いてくれると約束してくれた。
嘘のように気分が晴れてきた。
時刻は「24:50」ではなく、「0:50」となった。
やっと長くつまらなかった1日が終わり、新しい1日が始まったのだ。
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