子どもが好きだから

文字数 2,224文字

人生とは何だろう。幸せとは何だろう。僕は生きてきた。確かに事実だ。しかしそれは一年また一年と年齢を重ねているだけで、その先にはなにもないし生まれない。そんな人生だ。振り返ってもそう思う。


子どもが好きだ。だから保育士になった。
その夢を叶えようと決心したのは高3の夏で、それまでは子どもが好きという程度。それでも大学をそういった専門校にすると現実味が帯びてきて、留年することなく短大を卒業してのちに保育園で働き始めた。

ごく、普通の保育士だ。男性保育士といえど今の時代そこまで珍しいものではない。その中でも平凡な1人だった。
働き始めた園では昔ながらの保育は一切なく、子どもも大人も泥だらけで遊び、ヘトヘトになって毎日を過ごしていた。
僕も毎日必死に「仕事」をしているつもりだった。

「君は猫を被っている」

そんなある日こう言われた。理事長からだ。わからないことだらけの仕事、いや人生だったと思う。そこにこの言葉をかけられた僕は何か確信を突かれた気がした。同僚とも子どもとも、友だちともそういえば心の底からはっちゃけた記憶、なかった。
でもそれで生きてるって言えるのだろうか。
そう自問自答し、この日から僕の生き方は変わっていったんだと思う。

自分の気持ちを少しずつ言うようにした。大嫌いだった母親と妹から逃げるように一人暮らしを始めた。好きな人に好きというようにした。子どもには絶対本気で遊んだ。次第に生きることが楽しくなってくる。それは多分、人生を生きるということだった。


人生を生きて次に考え出したのは、どんな風に生きていくか、だった。結婚して、子どもを産んで、そんな幸せを考えたこともあった。けれども他にも夢があった。それは園長先生になって自分の園を持つこと。

園での仕事は楽しく辛かった。そしてそれは主幹、主任、園長となっていくにつれて激務なのは明らかだった。それでも笑って仕事をする園長の姿に尊敬した。その一方で10年以上キャリアが離れた主任先輩を見て自分の保育力が勝てそうと思うこともあった。そういう歳の取り方はしたくない。心に秘めて仕事をした。働く園の園長先生は人生で数少ない尊敬できる人だった。この人のために仕事をしよう。

一年、二年、勤めるごとに経験年数は増えていった。すると目標にする先生に近づいていった。それが年数だけになると主任のようないわゆる「老害」というやつになってしまう。僕の保育は何なのか考えるようになっていった。


僕の保育とは、ピアノではなかった。絵本ではなかった。子どもに優しくすることでもなかった。怪我をさせないことでもないし、お利口な子に育てることでもなかった。

五年目を迎えてわかった。「外遊び」これが僕の得意技であり大好きなことであり子どもたちに誇れる魅力だった。
そこに気がついた時、あんなに尊敬していた園長先生は新しく出来た園へと転勤となる。


僕は園を辞めることを決めた。


辞めたい気持ちはあった。園長先生と仕事ができるならと辞めなかった。しかし自分の保育が見つかった今いい機会だった。
新しい園長先生も良い先生だったが気持ちは変わらなかった。


辞めることを決めて次に考えたのは何をしたいか。
「外遊び」

それは決まっていた。しかし保育士は外遊びだけをするわけには行かなかった。トイレの世話や制作、保護者対応や無駄が多いミーティング。

外遊びを仕事にする方法を考えることにした。

調べていくと子どもに関わる仕事は保育、塾、スポーツインストラクター、障がい児施設やイベントをする人などたくさんあった。
外遊びについても調べた。外遊びを楽しもうと、大きく宣伝されたサイトを見つけた。子供も大人も楽しめるキャンプや釣りなどだった。
僕の求めるものじゃなかった。けれども探しているうちに輪郭は出来て来る。やがてうっすらと見えて来ると、
そこから世界が広がった。知識が必要だった。
やりたいこと、それが決まるとこんなにも人は力が出るんだ。
本を毎日読んだ。図書館に通った。読み学び、数少ない友人にこの話をすると乗り気で聞いてくれた。


外遊び、特に幼児や小学生低学年に向けて必要とされているのに専門とする人は誰もいなかった。何故なら保育園、幼稚園、こども園で学ぶべきものだったから。本来外遊びのプロはそういった人たちだから。
しかし最近の保護者は、メディアは、世論は遊びが大事と言いながらも残念ながら公園で遊ぶことを禁じ、遊び場を駐車場に変え、園で怪我をすることを非難した。

なら、それを体験して学べて楽しめるものを作ることこそ僕がやりたいことになる気がした。

泥にまみれて遊べる場所を作りたい。子どもたちと服をたくさん汚して笑いたい。保護者にも教えてやりたい。「あなたの子どもはスマホじゃなくてもこんなに笑うんだ。遊べるんだ。きれいなんだ」と。

そのために起業し、人生をかけてやってみよう。きっと何とかなるさ、一度しかないのに失敗したらなんて考えたらダメだ。子どもには勇気を持ってと言う。失敗した時にごめんなさいを言えば良い。
外遊びをする会社。外遊びを楽しむ会社。外遊びが大好きな会社。

子どもたちを笑顔にして、スマホの画面ではなく泥やボール、砂ほこりと一緒に成長してほしい。そう思った。




これが仕事。
「外遊び専門家」
の仕事の始まり。

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