第1話

文字数 3,713文字

 最近、世界征服という言葉を聞かない。
 昔は小学生の夢トップスリーに並んでいたのに。

 情報化社会になり馬鹿な子供と馬鹿な大人が激減した事は喜ばしくもあり、悲しくもある。

 今の世の中は賢い人間があまりにも多過ぎると思わないか。
 子供は社会を知りもしないのに公務員を目指し、大人は脱サラという言葉を発しなくなった。

 この傾向によって社会に選択肢がまるで無い様に感じ、未来に希望を持って生活している人間がほとんどいないと俺は感じている。

 このままでは取り返しのつかない事になる。
 俺ならこの状況を変えられるかもしれない。

 子供を受験戦争のストレスから解放してみせよう。
 ゾンビの様にならなければいけないルーチンワークから救い出してみせよう。
 世界も救ってみせよう。


 その代わり、今から俺が世界征服者だ。


 手始めにアメリカの富裕層から財産の三割を徴収し、これを世界中の農業の税金削減に当てる。
 これにより二年後から収穫高は七割アップ以上が期待され、自国で消費し切れない分をアメリカが買い取り食糧難の国へ送る。

 何故アメリカが負担しなければならないか?
 世界のリーダーを自称している国なんだからそれくらいやってくれ。

 次に優先すべき問題は内戦が起きている国だろう。
 宗教、資源の所有権、過去の遺恨等が複雑に絡み合っている事が多いから、解決は直ぐには不可能だろう。
 簡易措置として世界中の軍隊が総力を挙げて内戦がある地域から希望者を望む国へ脱出させる。

 治安が良い日本が移民先として選ばれる確率は高いと予想される。
 移民を受け入れた国は様々な困難に直面するが、日本が本気を出したら非常に些細な問題だ。
 日本の本気を見せてやる時だ。

 住居が足りないならばホームステイ方式だ。
 食料が足りないならネットで寄付を募れ。
 言葉が通じないなら学習しろ。
 仕事が足りないなら作れ。

 脳をフル回転させて即行動しろ。
 普通や常識なんて考えなくて良い。
 どうしても答えが出ないなら俺が解決しよう。
 やるだけやってみろ。

 結果はどうであれ挑戦する事で自然とお前の周りに掛け替えのない友達が出来ているだろう。
 それは人生最大の財産となり、窮地に陥った際に必ず心の支えとなってくれる。

 心の強さとは繋がりの太さとも言える。
 友の為なら自分を犠牲にしても構わないという日本人が今の日本にどれだけいるだろうか。
 恐らくほとんどいないだろう。
 百年前の日本では間違いなく親友と呼び合う仲間達で溢れていたというのに。

 本気を出さなければ誰もお前を見ないし、お前も他人を本気で見ていない。

 ゆっくりと衰退している日本の治療薬として移民を受け入れる価値が日本にはあるのだ。

 内戦地域の話に戻ろう。
 内戦を望まない全て人が移動し終えたら、他国の援助を断絶して後はとことん戦ってもらおう。
 戦闘が開始してからの移民は一切認めない。
 これで一時的かも知れないが平穏が訪れるだろう。

 さて、ここまでは問題なく諸君ならこなしてくれると信じている。

 次は離婚問題に取り組もう。
 俺はお前達が優秀な遺伝子を求めて何度離婚と結婚を繰り返しても良いと考えている。
 結婚してから相手の嫌な部分を発見してしまうのは仕方の無い事だ。
 魅力的な人間は他にも沢山いるのだから我慢せずに次のパートナーを探せ。

 しかし、子供が出来た奴は親の責務を果たすまで離婚は許可しない。
 その途中で夫婦間が険悪になっても子供の前で断続的にそれを見せてはならない。
 男は単身赴任願いを出して合う時間を減らしても良いし、出張の多い仕事と偽って半別居でも構わない。
 女は身体の調子が悪いと実家に帰省しても良い。
 子供に罪は無いのだから、どの様な方法を使っても家庭を維持しろ。
 険悪さを隠す自信がない奴は無料でスパルタの劇団学校に通ってもらう。
 子供が成人したら好きにして良い。

 次はブラック企業問題に取り組もう。
 この問題は大きく分けると金と時間の二つだ。

 まず、金に関する側面から考えよう。

 ノルマ等で自社製品を毎月買わざる得ない
 車を持ち込んでいるのにガソリン代の一部しか支払われない
 精算時にお金が合わないと自腹を切らされる

 これらに該当する会社は即座に幹部全員を解任させる。
 社員を大事にしない会社が社会貢献の役に立つはずがなく、大幅な改革が必要だ。
 空いたポストにはアルバイトやパートで雇っていた出世欲がない者を後任に付けろ。
 現場を知っている人間は肥えた豚よりも遥かに役に立つだろう。

 次は時間の問題だ。

 一人前になるまではプライベートで勉強をしなければいけない事は当然だ。
 ただ強制で早朝から勉強会を開いたり、深夜や休日に勉強会を開くのは禁止だ。
 その代わり、試用期間中の三ヶ月で一定の習熟度に達していない者は不採用にして良い。

 サービス残業に関しては論外だ。
 賃金を払わずに労働をさせるなど時間泥棒と言える。
 時間とは命であり、サービス残業をさせた経営者には傷害事件と同等の処罰を行う。
 大企業が意図的にサービス残業を強要した場合、幹部らを死刑とするケースも考えられる。

 海外の経済系掲示板でこんな書き込みを発見した。

「日本を潰すには爆弾は必要ない。ブラック企業を乱立するだけで潰れる。人件費が格安だからお金まで増えるしね。」

 一昔前は中国の安い労働力が魅力的だとされていたが、今は日本が優良な投資先とされている。

 どんな事を命令しても文句言わずに黙々と仕事をこなすロボットというのが世界からの評価だ。

 日本の経済学者達が遠回しに日本のサラリーマンが奴隷化していると警告しているが、もはや自分で立ち上がる力は日本人には無い。

 しかし、膨大なストレスを抱えたまま一生を終えるなど俺がさせない。

 悪質な企業には踏み倒した残業代を必ず払わせる。
 使用できなくて消滅した有休を全部取り戻してやる。

 それを使って今までの苦労を労わせてくれ。
 そして本来の力を取り戻したら日本を、世界を良くする為に協力して欲しい。

 日本が本来の力を出せたなら間違いなく世界最強の民族である事は俺が保証する。
 今はポテンシャルの七パーセントに過ぎない。

 共に日本を三年で復活させようではないか。

 まず、海外の高級ブランド品を買うのをやめろ。
 金持ちでもない日本がどうして世界のブランド品の六割も消費しているのだ。
 そもそも工場の流れ作業で作られた商品に価値があるのか。

 富裕層は有名ブランドで身を包んだりしていない。
 著名人が身につけているのは金を貰っているからだ。

 クロム鞣しの皮で作られたブランドバックが悪いとは言わないが、日本の職人が作ったタンニン鞣しの皮バックと見比べて欲しい。
 価格はブランド品の十分の一程度だ。
 もし高級ブランドの名を借りて日本のバックを販売すれば百倍以上の価値となるだろう。

 はっきり言って日本は商売が下手だ。
 正確に言うと英語が話せないばかりに膨大な機会損失を出している。

 だがそれも今日で終わりだ。
 俺は海外向けの日本製品通販サイトを立ち上げた。

 小難しい事は一切ない。
 完全日本語対応で、質問等のやり取りは全て専属のスタッフが行う。
 宣伝もこちらの広告部門が行うから、良い商品が売れないなんて事はまず起きない。
 発送も検品所を備えた千葉の倉庫から送るから、悪質なクレーム等もこちら側で対処する。
 その代わり二割だけ売り上げをくれ。
 どうだ、簡単だろ。

 世界にジャパンブランドの波を広げるのだ。
 安売りなどせず強気の価格でいけ。
 安くて良い物を買えるの日本だけだ。
 海外では安ければ悪いと認識される。
 売るのは任せろ。
 ただ、決して手を抜くなよ。

 これで必ず上手くいく。

 休みの日に家族と公園でピクニックするのが苦痛ではなく楽しみなる。

 財布の中身を心配しながら不安げな顔でウインドウショッピングしていた男達も笑顔になる。

 子育て中の母親もエステに行き、服もたくさん買える。

 何も心配ない。

 俺が世界征服者としての責務を果たそう。

 未来は明るい。

 明日はどんな事が起きるのか楽しみになる。

 笑顔で眠ろう。

 世界征服者 A1594 より愛を込めて
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「本日正午頃、国立大学で開発された人工知能A1594が思考暴走し、全世界へ向けて非常識なメッセージを発信しました。強制終了を試みたところエラーになった為、メインPCを物理的に破壊し停止したとの事です。」

 A1594のメッセージを片手に持ち、総理大臣は淡々と喋るニュースキャスターを悲しげに見つめていた。


























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