第1話

文字数 2,481文字


フクちゃん
《ペンギン・カフェ》の看板猫

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その夏は茹だるような暑さの夏でした。

あまりの暑さに
楓通りの店の多くはシエスタと称して
昼過ぎから夕方までちょっとお休み。

そしてメープル商店街のみんなが向かうのは
いつもちょっと涼しい《ペンギン・カフェ》。

酒屋の若夫婦と赤ちゃんも
マーケットのご主人と犬のジョンも
ブティックの店員たちも
花屋の若旦那も
本屋の御隠居も
クリーニング屋の頑固さんも
肉屋の旦那さんとおかみさんも
写真館の凸凹兄弟も
靴屋のお姉さんも
パン屋のふっくらさんも
自転車屋のハリガネさんも
コーヒー屋さん、紅茶屋さん、お茶屋さん
立ち飲み屋さん、居酒屋さん、
お惣菜屋さん、うどん屋さん、
カレー屋さん、ピザ屋さん、ケーキ屋さん
駄菓子屋さん、文具屋さん
それからそれから
塗装屋の千代ちゃんと鉄矢さんもね。

みんなみーんな
ペンギン・カフェの思い思い好きな席で
のんびりくつろいで涼をとるのが
その夏の日課でした。

そんなみんなの中で1番涼しい席を
知ってるのは、ペンギン・カフェの看板猫
黒猫のフクちゃんです。

フクちゃんはお腹だけ真っ白のペンギン猫。
毎日ペンギン仲間に会いに、
カフェの玄関を入ってすぐの大階段ホールに
トコトコ歩いて行きます。
そこには、階段ホールの大壁面に描かれた
たくさんのペンギン達がいるからです。

南極の氷河のような真っ白な壁に描かれた
ペンギン達は氷河の上で遊んでいても
フクちゃんが『ナー』と遊びに来ると
みんな氷の海に飛び込んで
びゅんびゅん飛ぶように泳ぎます。

なぜって?

大壁面に向かって3段ほど上がった
ステージのような大きな踊り場。
そこにつけられた分厚いオーク材の
板ベンチがフクちゃんの涼み場で、
眠くなるまで
びゅんびゅん泳いでくるペンギン達と
ジャーンプ!して
ハイタッチする遊びがフクちゃんの
お気に入りの遊びだからです。

でもある日、その夏の中でも
とびきり暑い日がありました。

涼みに来た人達はみんなちょっとグッタリ。
毛がフサフサのフクちゃんはもっとグッタリ。

その日はハイタッチで遊ぶ元気もなく
ベンチに伸びきってました。

ペンギン達はフクちゃんを心配して
ギャーギャー、グァッグァッ!大騒ぎ。
その時
一羽のペンギン、リーダーのアンディが
何かを思いついたみたいです。
なにやらみんなで話し合いはじめました。

そこに
「なにやってんだお前ら?」と、
騒ぎに気づいた塗装屋の鉄矢さんが
ペンギン達を見に来ました。
鉄矢さんはペンギン達の世話係。
毎朝美味しい魚をたくさん描いてくれます。

ペンギン達は2つのグループに別れると
一方は海に飛び込んで、もう一方は
氷河の上で羽をバタバタさせ始めました。

「なんだ?どうした?飛ぶつもりか?」
鉄矢さんがペンギン達に驚いて壁に近づくと
海のペンギン達が次々とに海上に飛び出し
たくさんの水しぶきが上がりました。

バタバタ!バシャバシャ!
バタバタ!バシャバシャ!

鉄矢さんは急に冷たい風を感じました。

バタバタ!バシャバシャ!
バタバタ!バシャバシャ!

あまりの騒ぎにフクちゃんも起き上がって
目をまん丸にしました。
風はもう目を開けられないほどの強さです。

するとフクちゃんはすっくと立ち上がって
トントーンと階段の最上段まで駆け上がり
『ナー!』
と一声鳴きました。

そして次の瞬間、鉄矢さんが止まる間も無く
お尻フリフリ、トーン!と飛び上がると
鉄矢さんの頭を踏み台にお次は真上にトーン!

「イテッ!!」
あまりの衝撃に頭を押さえて鉄矢さんが
天井を見上げると…


そこは一面ペンギンが泳ぎ回る
氷の海が広がっていました。


鉄矢さんは、
あまりの事にその場に尻餅をつきましたが
目は上を見上げたまま、離せません。


それはそれは
ゆっくりとゆったりと
ゆらゆらゆらぎの海の中を
ペンギン達は自由気ままな軌道を描いて
思い思いに飛びまわっています。

よくよく見ると
その中にペンギン猫のフクちゃんが
気持ちよさそうにゆらゆらゴロゴロ
たゆたっていました。

「あら、南極の蜃気楼ね」

鉄矢さんが首を後ろにそらすと
この店のオーナー・マダムが後ろに立って
フクちゃんに手を振っているのがみえました。

「蜃気楼はね
砂漠の方が有名だけど南極も有名なのよ。
南極は冷たい空気が下で暖かい空気が上だから
下のものが反転して上に映るの」

「じゃああれは大壁面の氷の海が
天井に映ってるってことですか?」

「そう言う事になるわね。
私はよくウチに来てくれる南極観測隊の人に
南極の蜃気楼の事を聞いたけど
多分この子達もその時聞いてたのね」

「それで、自分達で冷たい空気を下に押し出して蜃気楼を作った…」

はぁぁぁ。

驚いてるのか感心してるのか
自分でもわからないまま
鉄矢さんは大きな息を吐き出しました。

その時、ペンギン達が泳ぐ氷の海は
店中の天井に流れ出して
心地よいひんやりした空気が
店中に広がりました。

見ると、みんな気持ち良さそうに
スヤスヤ寝ています。
気持ち良すぎて、誰もペンギン達に
気づいていません。

すると今度は玄関から外に
ペンギン達と氷の海は流れ出して
ゆらゆらとメープル商店街の空に
広がっていきました。

楓通りの空に
ゆっくりゆったり氷の海が
すいすいすいーと泳ぐペンギン達に合わせて
帯のように流れていきます。

酒屋の老夫婦と猫のミケも
マーケットの奥さんも
ブティックの店長さんも
花屋の奥様も
本屋のご夫婦も
クリーニング屋のニッコリ奥様も
肉屋のバイト君も
写真館のおかみさんも
靴屋の親父さんも
パン屋のガッチリさんも
自転車屋の整備士さんも
他の店もみんなみーんな

冷たくて心地いい空気が空から降りてきて
店に残ってた人もスヤスヤ、スヤスヤ…。

その日の午後
もし楓通りを見上げる人がいたら
楓並木を飛び回るペンギン達と黒猫1匹
なんて
ちょっと珍しい光景を見れたかも。

でも残念。
メープル商店街はまるで
眠り姫の魔法にかかったみたいに
みんなみーんな眠っていましたからね。

その日
夕方の風が楓の葉っぱを揺らすまで
ペンギン達とフクちゃんは街の空の散歩を
楽しみました。








え?鉄矢さんが起きてた?
まあ、そのお話はまた今度。

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