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文字数 19,654文字

●学校・屋上 昼
得体の知れない羽虫の群れが飛び交う、学校の屋上。
その床は、おびただしい鮮血と肉塊でドロドロに汚れている。

※   ※

アキオ「あ、あれ……?」

キョトンとした表情のまま、血だまりの中に横倒れに倒れる姫岸アキオ(14)。
アキオの視界の中で血と肉片が飛び散る。倒れたまま、アキオは全身を痙攣させる。

アキオ「どうして、こんなことになったんだっけ?」

顔をひきつらせたまま、眼球だけを動かすアキオ。
その視界が手すりの前にたたずむ黒い火炎に包まれた人型を捕らえる。
人型は頭を抱える仕草を見せながら、血も凍えるような絶叫をあげる。

アキオ(NA)「あ、そうだ。……僕、呪われてたんだった」

意識が遠のき、アキオは白目をむく。
 
暗転。
 
テロップ「四日前――」

●廃洋館・外観 夜
町外れに立つ廃洋館。窓ガラスという窓ガラスは割れ、庭は雑草で覆われている。
 
●同・裏手
フェンスを乗り越え、洋館の敷地内に二人の学生服姿の少年、アキオと岡田ジュンが忍び込む。
ともに学生服姿、ショルダー型の学生鞄を所持している。

※    ※

真っ暗な夜空に向かってそびえ立つ洋館をアキオは見上げる。

アキオ「こんな建物……、本当にあったんだね。単なる噂話かと思ってたよ」
岡田「おい、アキオ! こっちだ。グズグズすんなよ」

先に館の裏口に移動していた岡田が振り返り、アキオを手招きする。

アキオ「ねえ、岡田……。本当にこの中に忍び込む気?」
岡田「当たり前だろ? ここまで来て何言ってんだ?」

呆れたように言って懐から岡田は針金を取りだす。
ドアノブをガチャガチャやりながら、

岡田「昼間、話しただろ? ここにはとんでもないお宝があるかもしれねーって。何し
ろ、ここは……」
アキオ「何とかって言う、変な外国人の別荘、だっけ?」
岡田「メイザース・クロウリー。明治末期にイギリスから来日した魔術研究家だよ」
アキオ「胡散臭いなぁ。本当なの? その情報?」
岡田「間違いないって! 図書館の郷土資料室にもちゃんと記録が残ってるんだぜ?」
アキオ「ふーん……」

ガチャンと音がして裏口のドアが開き、真っ暗な館内が顔を覗かせる。

岡田「よーし。……じゃ、早速、探検を始めるとしますか!」

したり顔で振り返る岡田にアキオは小さなため息をつく。
 
●同・内部
懐中電灯を片手にアキオと岡田は通路や各部屋を物色して回る。
遺った家具類は今にも朽ち果てそうなほど傷んでおり、埃をかぶり、蜘蛛の巣だらけになっている。
 
●同・書斎
真っ暗闇。突然、蹴り倒されるドア。
※      ※    ※
書斎の中に倒れたドアを見て、アキオは眉をひそめる。

アキオ「ああ、もう、岡田は乱暴だなぁ」
岡田「しょうがないだろ? なかなか、開かなかったんだから……」

言い訳しながら岡田は書斎の中をライトで照らす。
天井までビッシリと本が詰まった書棚が光の輪の中に浮かび上がる。

岡田「おっ、今度の部屋は当たりっぽいぜ!」
アキオ「ったく、しょうがないなぁ……」

二人は書斎に足を踏み入れる。
※      ※    ※
アキオと岡田は左右に別れ、書棚を調べている。

アキオ「ねえ、岡田……」
岡田「何だよ? 何か見つかったのか?」
アキオ「さっき宝探しって言ってたけど、そもそも、お宝って何なの?」
岡田「ばっか、お前! そりゃー……、いろいろだよ!」

岡田はアキオのほうを大仰な仕草で振り返る。

岡田「さっきも言ったけど、ここは有名な魔術研究家の家だろ?」
アキオ「うん。そう聞いた」
岡田「だったら、魔術書とか水晶玉とかさ、マジックアイテムの一つや二つ、残ってい
たって不思議じゃないだろ?」
アキオ「えーっと……(頭をかきながら)、岡田ってオカルト系だっけ?」
岡田「違う! ……でもな、アキオ。恋に患う男は何にだって縋りたいものなんだぜ?」
アキオ「あー、隣のクラスの河合さんのこと? 確かにかわいいし、いい子だよね」
岡田「なっ!?(たじろぎながら)ア、アキオ、お前、何でそれを知ってんだよ?」
アキオ「何年、岡田の友達やってると思ってんの? それくらい、見てりゃ分かるよ」
岡田「くぅうう~、人のこと見透かしやがって、こいつぅ……」
アキオ「でもさ、どうせなら魔術なんかに頼らず、ありのままの岡田でアタックすればいいのに」
岡田「おっ? そりゃ、お前、今の俺でも河合さんとラブラブになれるってことか?」
アキオ「さあ、どうだろ? 僕、河合さんの好みとか、よく知らないんだよね」
岡田「アキオ……。(ため息をつきながら)お前なぁ、そこはウソでも大丈夫って話合わせろよ」
アキオ「え? 何で?」

物色する手を止め、アキオはキョトンとした表情で振り返る。
岡田は脱力したようなため息をつき、

岡田「……ま、いいや。他の部屋、調べようぜ」
アキオ「え? もう、行くの? それっぽい本とか、いっぱいあるよ?」
岡田「馬鹿。全部、英語だろ? そんなの、
俺が読めるかよ……」

岡田はため息をつき、そのまま書斎を出て行こうとする。
アキオは手にしていた本を書棚に戻し、慌てて彼の後を追おうとする。
と、天井から何か小さなものがアキオの背中に落ちてくる。

アキオ「うわっ……? 何っ? 何なの!?
岡田「ど、どうした、アキオ!?

思わず悲鳴をあげたアキオのもとに岡田が駆け戻ってくる。アキオは背中に手を伸ばし、落ちてきたものをつかむ。
岡田、それに懐中電灯の光を当てながら、

岡田「ア、アキオ? それ……、何だ?」

自分の手にしたものをアキオはじっと見つめる。
それは布製の小さな女の子の人形。ひどく傷んでおり、中から綿が毀れ出ており、ボタンの片目が外れ落ちている。

アキオ「岡田。これ、片手遣い人形だよ。ほら、こうやって……」

そう言いながらアキオは少女の人形を右手にはめる。

アキオ「こういうの、爺ちゃんがどこかの劇団に頼まれて何体か作ったことがあるん
だ」
岡田「あ、ああ、そうか……。お前の爺さん、人形師だもんな」

薄気味悪そうに人形を見つめながら岡田がうなづく。

アキオ「ねえ、岡田。僕、この子、持って帰るよ」
岡田「は? 何でだよ? 何で、よりによって、そんなきったねーもんを……」
アキオ「もの、じゃない。マリベル、だよ」
岡田「マリベル……?」
アキオ「今、この子がそう名乗ったんだ。……そんな気がする」

右手にはめた人形を動かしながら、アキオは微笑む。
短い沈黙の後、

岡田「……アキオ」
アキオ「うん?」
岡田「お前ってさ、ガキの頃から時々、変なこと言い出すよな?」
アキオ「そうかな?」

首をかしげながら人形をアキオはそっと鞄の中にしまう。
鞄の中からチャックが閉められるのを無表情な眼差しでマリベル人形が見上げている。
 
●姫岸人形店・外観
さびれた商店街の一角に立つ、人形専門店。窓には「人形の修繕、承ります」の張り紙。
大きな木製の看板が店先に掲げられており、左右隣は骨董屋と煙草屋。
 
●姫岸人形店・一階 店舗兼作業場
大小さまざまなタイプの人形が棚の上に整然と並べられ、飾られている。
作業台では、姫岸ミチノブ(70)が針と糸を手に人形の修繕作業を黙々と行っている。
※       ※    ※
ガラッとすり戸を横に開け、

アキオ「ただいまぁ……」

若干、疲れた表情を浮かべたアキオが店の中に入ってくる。

ミチノブ「おお、アキオ。(作業の手を止め、孫に笑顔を向ける)お帰り。今日は遅かっ
たね。遊んでいたのかい?」
アキオ「うん。岡田とちょっとね……」

そう言いながらアキオは、学生鞄を大事そうに抱え直す。
よいしょ、と小さくかけ声をあげながら、ミチノブは作業台から立ちあがる。

ミチノブ「じゃあ、夕飯にしようか。その前に……」
アキオ「うん。父さんと母さんに挨拶してくる」
 
●姫岸人形店・一階 仏間
畳張りの仏間。
仏壇の前でアキオは神妙な表情で手を合わせる。仏壇には彼の両親の遺影が飾られている。
 
●姫岸人形店・一階 居間兼食堂
食卓についているアキオとミチノブ。
テーブルの上には、暖かそうな食事が並べられている。
※      ※    ※
食事を取りながら、
アキオ「ねぇ、爺ちゃん……」
ミチノブ「ん?」
アキオ「さっき、岡田と遊んでいる時に拾ったんだけど……」

そう言いながら、アキオは傍らからマリベル人形を取りだして見せる。

ミチノブ「こりゃ、また……、えらい年代モノだなぁ」
アキオ「何か、放っておけなくてさ。……悪いけど、爺ちゃん、この子、直してやって
くれないかな?」
ミチノブ「そりゃ、構わんが、どうせなら自分でやってみたらどうだい? 仕事場の道具や素材なら自由に使っていいよ?」
アキオ「無理だよ。僕、爺ちゃんみたいに器用じゃないもん……」

小さく苦笑してアキオは、マリベル人形をテーブルの隅に置く。
アキオとミチノブの会話が続く中、マリベル人形の顔のアップ。
 
●姫岸人形店・二階 アキオの部屋
流行りのアイドルやアニメのポスターが数点貼られた壁。本棚は漫画よりも小説の類のほうが多い。
その傍らのベッドで眠っているアキオは、酷くうなされている。
 
●アキオの悪夢
深い森。
巨大な木々はいびつに歪み、人間のようなニタニタ笑いを浮かべた得体の知れない生物たちが物陰から顔を覗かせる。
アキオはパジャマ姿でそれらを見上げながら、ボンヤリしている。
※      ※    ※
木々をボーッとした表情で見上げながら、

アキオ「……あれ? ここ、どこ?」

アキオは夢見心地でつぶやく。
と、背後でカサカサと草が動く音が聞こえアキオは振り返る。

マリベル「わざわざ、呼び出してやったのだわ。感謝するがいいのだわ」

草むらをかき分け、アキオの前にマリベル人形が進み出てくる。
アキオとマリベルの間に数秒の沈黙が流れる。

アキオ「……マリベル?」
マリベル「他の誰に見えるというのだわ?」

呆れたように言ってマリベル人形は、近くにあった切り株の上にピョンと飛び乗る。

マリベル「いい? よく聞くのだわ? お前、このままだと死ぬのだわ」
アキオ「死ぬ? 僕が?」
マリベル「だわ。それも確実に、だわ」
アキオ「確実に?」
マリベル「……言ったことをオウム返しにするの、やめてほしいのだわ。イラッと来るのだわ」
アキオ「あ、ごめん。でも、死ぬってどうして……? 事故とか」

マリベル人形がニヤリと凄味のある笑みを浮かべる。

マリベル「お前は何でも受け入れる……。異形の者を引き寄せる特異体質なのだわ」
アキオ「特異体質? あ、ごめん……」
マリベル「全く、いい気なものなのだわ。すぐそこまで迫っているのに。あれが」
アキオ「……あれ?」
マリベル「あれ、だわ」

アキオの後ろを指差すマリベル。
それと同時、ベチャっと湿った音を立てて、真っ赤な鮮血に染まった手がアキオの顔を鷲掴みにする。
 
暗転。
 
●姫岸人形店・二階 アキオの部屋 早朝
アキオの部屋。窓から軽い日差しが差し込んでいる。
ベッドの中でアキオは上半身を跳ね起こす。
※       ※    ※
しばらくの間、自分の部屋を見回し、
アキオ「……ゆ、夢?」

アキオは茫然とした口調でつぶやく。全身、ビッショリ、冷や汗をかいている。
と、

アキオ「あ……」

窓ガラスに映った自分の顔に思わずアキオは小さく声をあげる。
アキオの顔には、赤黒いべったりとした手形がついている。
慌ててアキオはそれを左手で拭う。
と、

ミチノブの声「おーい、アキオ。そろそろ、起きんと。学校、遅れるよ」

階下からミチノブの声が聞こえてくる。

アキオ「は、はーい! 今、行くーっ」

慌ててアキオはそう答え、ベッドから立ちあがる。

アキオ「……あれ?」

ふと、自分の身体を見おろし、アキオは目を丸くする。
アップになったアキオの右手には、新品同様、綺麗になったマリベル人形がはめられている。
 
●学校・外観 昼
アキオの通う中学校。大勢の生徒が後者に向かう中、チャイムの音が鳴り響く。
 
●学校・教室
アキオのクラス。朝礼前の賑やかさ。
生徒達の表情は全体的に明るい。
※     ※    ※
教室の片隅。
アキオの一つ前の席に腰かけた岡田が怪訝な表情を浮かべている。

岡田「おい、アキオ……。それ、昨日の人形だよな?」
アキオ「うーん……」

自分の右手にはまったマリベル人形を動かしながら、アキオはそれを仰視している。

岡田「何で学校に持って来るんだよ? つうか、新品同然になってるし」
アキオ「だよねぇ。岡田もそう思うよねぇ」
岡田「爺ちゃんに直してもらったのか?」
アキオ「いや……。その予定だったんだけど、勝手にこうなってた」
岡田「は? ……とにかく、それ、机の中にでもしまえよ。先生に見られたら叱られる
ぞ?」
アキオ「それがさ。(マリベル人形の頭をもう片方の手で撫でながら)……外れなくなっちゃったんだよねぇ」
岡田「……は?」
アキオ「いや、参っちゃうよ。(苦笑しながら)朝、目が覚めたら、勝手に右手にはまってたんだもん」
岡田「い、いや、お前。それって……」

岡田が顔を青ざめさせた時、二人の横を通りかかった女子生徒がマリベル人形に気がつき、

女子生徒「わ、かわいいー。姫岸くん、その人形、どうしたの?」

と覗き込んでくる。

女子生徒「あ、姫岸くんの家ってお人形屋さんだっけ? 新商品とか?」

アキオ「いや、これは……」

アキオが言葉を濁していると、周囲から他の生徒達が「なになに? どうしたの?」と集まってくる。

生徒1「拾った? どこで?」
アキオ「洋館……。町外れの」
生徒2「えーっ? 洋館って、あの呪いの館?」
生徒3「じゃあ、それ、呪いの人形? 怖ェー‼」

アキオとマリベル人形を取り囲み、生徒達は、好き勝手なことを言い合う。
と、教室のドアが乱暴にひらかれ、不機嫌な表情のクラス担任教師、石島が入ってくる。

生徒「うわ、石島。もう、来やがった……」
石島「おーい! お前ら、さっさっと席に戻れ! 朝礼、始めるぞー」

石島に一喝され、アキオの周りにいた生徒達が蜘蛛の子を散らしたかのように自分の席に逃げ戻ってゆく。

石島「……あ?」

アキオの右手にはまっているマリベル人形に石島は目を止める。

石島「おい、姫岸。……何だ、それは?」
アキオ「え? あっ、これですか? ……片手遣い人形です」

そう言ってアキオは、石島に頭を下げる。
マリベル人形は石島に向かって片手をふる。

石島「何だ、お前! ふざけてるのか!?

青筋を立てながら教師は、足取り荒くアキオの席まで近づいてくる。

石島「学校にこんな物、持って来やがって!」
アキオ「痛ッ! 痛いです、先生!」

教師に右手を掴み上げられ、アキオは悲鳴をあげる。

教師「没収だ、没収!外せ!」

教師は手荒にマリベル人形を引っつかみ、アキオの右手から引っこ抜こうとする。
しかし、抜けない。

石島「おい、姫岸! お前、教師をなめるのもいい加減にしないと……!」

と、石島の手の中のマリベル人形が突然、顔を彼のほうに向ける。
一瞬にして、その表情が悪魔じみたものに変わる。

石島「なっ……!?

ギョッとした石島の手にマリベル人形が噛みつく。
石島の絶叫が学校中に響き渡る。
 
暗転。
 
●学校 夕方
ボンヤリとした夕日に染まる校舎、校庭。
運動部に所属する生徒達が備品などの片づけを始めている。
 
●学校 屋上
夕日に照らしつけられる屋上。
柵によりかかるようにしてアキオが一人、ションボリとした表情で佇んでいる。
※      ※    ※
赤く腫れた片頬をさすりながら、

アキオ「いててっ……。まだ、痛いや」

アキオは右手のマリベル人形に語りかける。

アキオ「君のせいだぞ? 君があんなことして先生を驚かせるから、ビンタされたじゃ
ないか」

と、突然――、

カナ「わっ!」
アキオ「わあっ……!」

肩ごしにおどけた西条カナ(15)に顔を覗き込まれ、アキオは悲鳴をあげ、尻もちをついてしまう。

アキオ「あ、あれ? 西条センパイ……?」
カナ「よっ、アッキー。久しぶり~っ」
アキオ「久しぶり~っ、じゃないですよ。(マリベル人形を背中に隠しながら)気配消して近づくのやめてくださいって前も言ったじゃないですかぁ」
カナ「あはははっ、ごめんごめん。……ほら、立ちなよ」

唇をとがらせるアキオにカナは屈託なく笑い手を差し伸べる。
ため息をつきながらアキオはその手をつかむ。
カナはひょいとアキオを引き寄せる。
勢い余ってアキオは、カナの胸元に頭を突っ込ませてしまう。

アキオ「わっ、ご、ごめんなさい……!」

顔を真っ赤にして後ずさるアキオに、

カナ「アッキー、相変わらず軽いねー。男の子のくせに」
アキオ「ほ、ほっといてください。……それより、西条センパイは」
カナ「カナ! カナでいいって言ったでしょ」
アキオ「……カナさんは、こんな時間まで何してたんですか?」
カナ「私? 私はずーっとここにいるよ?」
アキオ「え? ずーっと?」
カナ「だって、私、ここから見える景色、大好きだもん。この時間帯は特に、ね」

大げさな手振りでカナは、夕闇に沈んでゆく街並みをふり仰いでみせる。

アキオ「確かに、綺麗ですね」
カナ「でしょう? ……で、アッキーは? こんな時間まで何してたの?」
アキオ「僕ですか? えーっと、僕は……」

言葉を濁し、アキオは片頬をかく。
そこが赤くはれていることにカナが気がつき、はっと息をのむ。
カナ「どうしたの、その顔?」
アキオ「えっ? ああ、これですか。話せば長い話で……」
カナ「殴られたのね?」

アキオの言葉をさえぎったカナの表情が一変し、険しくなる。

カナ「誰にやられたの?」
アキオ「ちょっ、ちょっと、カナさん。落ち着いて」

いきりたち詰め寄ってくるカナに面くらいながらもアキオはなだめる。

アキオ「これは……ちょっと、先生に軽く」
カナ「先生が? 先生に殴られたの?」
アキオ「い、いや、事故みたいなものですよ?先生もびっくりして、反射的にって言うか。
体罰とか、そういう大げさな話じゃなくて」
カナ「…………」

顔をうつむかせ、口のなかでブツブツと何事かをカナは呟き始める。

アキオ「あの、カナさん? ……大丈夫?」

短い沈黙の後、

カナ「ん。分かった。……アッキーがそう言ってるんだものね」

顔をあげたカナは、再び、屈託のない笑顔を見せる。

カナ「でも、顔はやめてもらったほうがいいよ? せっかく、かわいい顔してるんだか
らさ」
アキオ「……かわいい顔って中学生男子には褒め言葉じゃないですよ?」

安堵のため息をつき、アキオは無意識にマリベルをはめた手で頭を描こうとする。
カナがそれに気がつき、目を丸くする。

カナ「……アッキー? その人形、どうしたの?」
アキオ「え? ……あっ! これはその、拾ったんです。で、外れなくなっちゃった
っていうか」

たどたどしくアキオが言い分けした時、チャイムが鳴り、下校を促すアナウンスが流れる。

アキオ「じゃ、じゃあ、カナさん。……僕、そろそろ、帰りますね」

気まずそうに言って、アキオは屋上から立ち去ってゆく。
その背中を見送りながら、

カナ「あの人形、まさか……!」

カナは震える声でつぶやく。
 
●姫岸人形店 外観 夜
商店街の一角に立つ姫岸人形店。ミチノブが入り口のシャッターを下ろす。
 
●姫岸人形店・一階 居間兼食堂
夕食を挟み、向き合って座っているアキオとミチノブ。
※     ※    ※
激しくせき込み、アキオは茶碗と箸をテーブルの上に落としてしまう。

ミチノブ「アキオ? どうした? 大丈夫かい?」
アキオ「う、うん。ごめん」(更に咳き込む)
ミチノブ「顔色が良くないな。どれ……」

手を伸ばし、ミチノブはアキオの額に触れる。

ミチノブ「ちよっと、熱があるみたいだね」
アキオ「悪いけど……、もう、休むよ」

と、言ってアキオは立ち上がる。
その足元はふらついている。

ミチノブ「もし、明日も具合が悪いなら医者に行かなきゃだめだぞ?」
アキオ「うん。分かってる……」

ヨロヨロしながらアキオは食堂を去ってゆく。
それを見送るミチノブは不安そうな表情を浮かべている。
 
●姫岸人形店 二階 アキオの部屋
窓から差し込むうっすらとした月明かり。
アキオはベッドで眠っている。苦しげにうなされている。
※      ※    ※
暗闇の中――。

マリベルの声「……これだから……は、すぐに……なのだわ」
アキオ「う、うーん……」
マリベルの声「……早く、起きるのだわ」

耳元でささやく声にさいなまれ、アキオはうなされている。

マリベルの声「(すう、と息を吸いこみ)あいつがすぐそばまで迫っているのだわ!」
アキオ「うわっ……!」

いきなり大声を出され、ベッドの上で上半身をアキオは跳ね起こす。
一拍の間を置いて――、

アキオ「……今のって、君?」

右手にはまったままのマリベル人形にアキオは話かける。

アキオ「なんで起こすの? 僕、体調が悪いのに……」

と、つんに漂ってきた異臭にアキオが鼻をひきつかせる。

アキオ「な、何? この臭い……?」

ヨロヨロとアキオはベッドから立ちあがり、部屋の電気をつける。

アキオ「えっ?」

明るくなった部屋でアキオは目を丸くする。
床の上に巨大なナメクジが張ったかのような赤黒いスジがヌメヌメと浮かんでいる。
それはアキオの部屋の外へと続いている。
そっとアキオは、床のスジに指で触れる。その臭いを嗅ぎ、

アキオ「これって……、血?」

不思議そうにアキオは首をかしげる。
 
●姫岸人形店 二階 廊下
恐る恐ると言った足取りでアキオは廊下を進む。
赤黒いスジは、アキオの部屋から廊下、階段、一階へと続いている。
 
●姫岸人形店 一階 店舗
真っ暗闇の中、アキオは手を伸ばし、 店舗スペースの電灯をつける。

アキオ「うわっ……! 何、これ? 酷すぎる」

顔をしかめながらアキオは店舗内をぐるりと見回す。
まるでバケツをぶちまけたかのように、店舗内は赤黒く染まっている。
アキオは右手のマリベルを目の前に掲げ、

アキオ「いくらなんでも、やり過ぎじゃない? こんなの見たら爺ちゃん、倒れちゃうよ?」

と唇をとがらせる。
マリベル人形の反応はない。
諦めのため息をつき、

アキオ「……しょうがない。爺ちゃんが目を覚ます前に掃除するか」

アキオは肩を落とす。
 
●学校 教室 昼
アキオの教室。休み時間。
生徒達がざわつくなか、アキオと岡田が席につき、向かい合っている。
※    ※    ※

アキオ「……で、全部、片づけるのに朝までかかっちゃってさ。参っちゃったよ、ははは」
岡田「ははは、ってお前! 完全に呪われてるじゃねーか! それ、死相だろ、死相!」

思わず大きな声を張り上げ、岡田は顔面蒼白になり、目の下に隈ができているアキオの顔を指差す。

アキオ「こ、声が大きいよ、岡田……」
岡田「どう考えてもそいつが元凶だろうよ」
アキオ「そいつじゃなくて、マリベルだよ」

岡田に指差され、アキオは右手のマリベル人形を掲げて見せる。

岡田「名前なんかどーでもいいんだよ! それより、何とかしねーとな」
アキオ「え? 何とかって?」
岡田「呪いを止めなきゃ、お前、死んじまうだろうが。クソッ、俺があんな館に連れて行ったせいかよ……!」

思いつめた表情になって岡田は頭を抱え込む。
と、教室のドアが開き、険しい表情の女性教師が入ってくる。
自然と静まり返った教室を見回しながら、女性教師は教壇に移動し、

女性教師「……今朝はみなさんに残念なお知らせがあります」

思わず、アキオと岡田は姿勢をただし教壇の女性教師に注意を向ける。

女性教師「実は石島先生が――。昨日の帰り、交通事故に遭われました」

その言葉に教室がどよめく。
 
●病院・集中治療室
全身包帯に巻かれ、呼吸器をつけられた石島がベッドに寝かされている。

NA(女性教師)「とても酷い怪我で……。しばらくは絶対、安静ということです」

石島のベッドの横で彼の妻と子が瞳に涙を溜めて見おろしている。
 
暗転。
 
●学校 屋上
放課後。
雲一つない青空の下、アキオは手すりによりかかり、ぼんやりと佇んでいる。
※ ※    ※

アキオ「石島先生、大丈夫かな? ……まさか、それも君のせいじゃないよね?」

そう言ってアキオは右手のマリベル人形に視線を向ける。
マリベル人形の反応はない。
と、

カナ「アッキー!」
アキオ「あ、カナさん……」

振り返ったアキオのもとにカナが小走りに駆け寄ってくる。
その胸には一冊の分厚い本が抱かれている。
アキオの右手のマリベル人形に気がつき、カナの表情が険しくなる。

カナ「その人形……。まだ、外れないのね」
アキオ「う、うん」
カナ「アッキー、ちょっとこの本を見て」

そう言ってカナは手にしていた本を開いて見せる。
そのページには窓際に置かれた薄気味悪い人形とベッドに腰を下ろし、具合悪そうに俯いた男の絵(版画風)が描かれている。

アキオ「カナさん。……何、これ?」
カナ「中世ヨーロッパで流行した、呪いの人形の絵よ」
アキオ「えっ……」
カナ「誰か殺したいほど憎い相手ができた時、黒魔術師に頼んで作ってもらった人形を
その相手の家にこっそり置くんだって」
アキオ「そしたら、どうなるの?」
カナ「呪われた人は毎晩、悪夢にうなされるようになって……、最終的には悪夢と現実の区別がつかなくなって狂い死にするって」
アキオ「は、はは……。怖いねぇ」
カナ「もう! アッキーったら! これは笑い事じゃないんだよ!?

顔を真っ赤にして大きな声を出すカナにアキオは少したじろぐ。

アキオ「そ、そう言われても……」
カナ「アッキー。昨夜、怖い目に遭ったんでしょ?」
アキオ「え? ……どうしてカナさんがそのことを? まだ、話してないよね?」
カナ「私、こう見えてオカルトに詳しいの。その人形、一目見た時からピンと来てた」
アキオ「そ、そういうものなのかな……」
カナ「燃やして」(妙にドスの効いた、低い声で)
アキオ「え?」

思わずアキオはカナを見返す。カナもまっすぐな瞳でアキオを見返す。

カナ「一秒でも早く、アッキーはその人形から離れるべきだよ」
アキオ「い、いや、でも……。燃やしちゃうのは、やり過ぎっていうか、かわいそうっ
て言うか……」
カナ「このままじゃ、アッキー、本当に死んじゃうよ?」
アキオ「で、でも……」

とアキオが言いよどんだ時、

岡田「おい! アキオ! お前、何やってんだよ!」

屋上の昇降口から険しい表情の岡田が近づいてくる。

岡田「校門のところで待ってろって言っただろうが! ほら、行くぞ!」

そう言って岡田は乱暴にアキオの腕をつかみ、引っ張っていこうとする。

アキオ「ちょっと、待てよ! まだ、カナさんと話の途中なんだってば……!」

岡田に抵抗しながらアキオは気まずい表情をカナに向ける。
そんなアキオにカナは小さく頷いて見せる。

岡田「おい、もういいだろ! 行こうぜ!」
アキオ「ちょっ、岡田! 何でそんなに強引なんだよ……!?

上擦った声で抗議しながらもアキオは岡田に引っ張っていかれてしまう。
その場に一人、ポツンと残されたカナ。その口元に歪な笑みが浮かぶ。
 
●廃洋館・外観 夕方
町外れの廃洋館。岡田がアキオを引きずるようにしてその前までやってくる。
※     ※    ※
洋館を見上げながら、

アキオ「また、ここ?」
岡田「そうだ。……ここなら、そいつをどうにかできるアイテムが落ちているかもし
れないだろ?」
アキオ「ゲームじゃないんだから。そんな都合よく行かないと思うけど」
岡田「(耐えかねたように)アキオ! お前、いい加減にしろよ!」
アキオ「な、何だよ? 何、怒ってんのさ?」
岡田「お前こそ、よく、そんなふうに平然としてられるよな? 呪われてテメェの命が危ないかも知れないって自覚、あんのかよ!?
アキオ「命……?」

首を傾げたアキオの脳裏に一瞬、仏壇に飾られている両親の遺影がよぎる。
一拍の間を置いて、

アキオ「……その時はその時。人の生き死にって、どうにもならないと思うよ?」
岡田「馬鹿野郎! お前が良くても、俺が目覚め悪すぎるんだよ!」
アキオ「……岡田、ひょっとして僕をここに連れてきたことに罪悪感を感じてるの?」
岡田「うるさい! さっさっと行くぞ!」

アキオの首根っこをひっつかみ、引きずるようにして岡田は廃洋館へと向かってゆく。
 
●同・内部
以前、侵入した時と同じように懐中電灯を片手にアキオと岡田は通路を進んでゆく。
 
●同・書斎
アキオと岡田は、マリベル人形を拾った書斎にたどり着く。入り口のドアは岡田が蹴り倒したまま。
※     ※    ※
岡田「くそっ! 何か、何かねぇのかよ、何か!」

必死の形相で書棚や机の引き出しなどを岡田は物色している。
その背後を見つめながら、アキオは激しく咳き込む。

アキオ「岡田、もう、いいよ。多分、何も見つからないって……」
岡田「うるせー! 手伝わないなら、そこで休んでろ!」

怒鳴りつけられ、アキオはため息をつきながらその場に腰を下ろす。
ふと、右手のマリベル人形が目に留まる。
マリベル人形を目の前にかざしながら、

アキオ「……ねぇ。本当に僕のこと、呪い殺すつもり? それなら、せめて爺ちゃんが
亡くなった後にしてくれないかなぁ」

まるで他人事のようにアキオは話かける。マリベル人形の反応はない。

アキオ「まあ……、それで死んだ父さんや母さんのところに行けるなら、それも悪くないかなぁ」

と、床に投げ出したアキオの左手に何か固い物が触れる。

アキオ「ん? これは――」

それをアキオはつかみ取り、目の前に持って来る。
それは古びたジッポーライター。
と、

声「燃やして……」
アキオ「えっ?」

耳元で聞こえた囁き声に驚き、アキオは周囲に視線を巡らせる。
しかし、部屋を必死で物色している岡田以外、誰もいない。
と、突然、ジッポーライターの蓋が突然、勝手に開き、まばゆい炎を迸らせる。

アキオ「うわっ!?な、何っ!?何っ!?

炎を吹き上げ続けるジッポーを、まるで何かに操られているかのように、アキオは右手のマリベル人形に近づけてゆく。
ジッポーの炎にあぶられ、マリベル人形が激しく燃え上がる。

岡田「お、おい! アキオ、お前、何やってんだよ!?危ないっ!」

異変に気がついた岡田が血相を変え、駆け寄ってくる。

アキオ「分かんないよッ!?手が勝手に動いたんだ!!
岡田「な、何ィ? ……って、熱ッ!」

マリベルを包む炎がさらに大きくなる。
その灯りに照らしつけられ、もみ合うアキオと岡田の影が壁に揺れる。
と、

アキオ「あっ!」

突然、マリベル人形がアキオの右手から外れ、床の上に落ちる。

岡田「アキオ! お前、火傷は……!?
アキオ「う、うん。大丈夫」

岡田の肩を借りながら、アキオは床に落ちたマリベル人形を見る。
アキオには、炎の包まれたマリベル人形がすすり泣くのが聞こえる。

アキオ「マリベル!」
岡田「おい、よせって……!」

岡田が止めるのを振り切り、アキオはマリベルのもとに駆け寄る。
そして、両手ではたいて炎を消し止める。
半分、黒焦げになったマリベルを抱きしめながら、

アキオ「マリベル。……今、僕をかばってくれたんだよね? そうだよね?」

アキオは絞り出すような声を出す。
マリベル人形の反応はない。
岡田は茫然とアキオの背中を見つめている。
 
暗転。
 
●姫岸人形店 外観・朝
朝日が照り付け、ミチノブが店のシャッターをあげる。
 
●同 アキオの部屋
アキオはベッドで眠っている。
※      ※    ※

ミチノブの声「アキオーっ、朝だよ! そろそろ、起きないと……」
アキオ「う、うーん」

階下から聞こえてきた祖父の声にアキオは目を覚ます。
前日と比べ、その顔色はよくなっている。
窓から差し込む日差しは柔らかい。
ベッドの上で伸びをし、アキオは立ち上がる。
机の上に目を向ける。
半分、黒焦げになったマリベル人形が置かれている。

アキオ「後で爺ちゃんに治してもらうからね。僕が帰るまでいい子で待ってるんだよ、マ
リベル」

アキオはマリベル人形に指先でチョンと触れながら笑いかける。
マリベル人形の反応はない。
 
●学校・外観 昼
終礼のチャイムが鳴り響き、校舎から下校する生徒達がぞろぞろ出てくる。
 
●同・教室
アキオの教室。残った生徒はまばら。
アキオと岡田は帰り支度をしている。
※    ※    ※

岡田「……なあ、アキオ。お前、本当にあの人形、また、家に持って帰ったのかよ?」
アキオ「そうだよ? それがどうかした?」
岡田「よく、やるよなぁ、お前も。あんな怖い目に遭ったってのに……」
アキオ「昨日も言ったけど、あれはマリベルの仕業じゃないよ。だって、マリベル、僕が火傷しないよう、自分から離れてくれたんだもん」
岡田「で、でもよ。あの人形の呪いじゃないって言うなら、一体……」

束の間、アキオと岡田のあいだに沈黙が流れる。

アキオ「……ま、気にしない気にしない。あはははっ」
岡田「い、いや、気にしろよ……」
アキオ「あ、そうだ。カナさんにも話しとかなきゃ」
岡田「……あ? 誰だって?」
アキオ「三年生の西条カナさんだよ。昨日、僕と一緒に屋上にいたでしょ?」
岡田「いや……(首をひねりながら)、気がつかなかった」
アキオ「あっそ。じゃ、岡田は先に帰ってて。僕、カナさんにも報告しとかなきゃ」
岡田「あ、おい! ちょっと待てよ!」

アキオは岡田が止めるのも聞かず、教室を出ていってしまう。
岡田は一人、ポツンと教室に取り残される。

岡田「……西条カナ? いや、どこかで聞いたことあるぞ? 何だったっけ?」

と、岡田はブツブツ、独り言をつぶやく。
 
●同・廊下
カナの姿を探して、アキオは校舎の中を歩き回る。
窓の外は陽が西に傾き、次第に暗くなってゆく。
 
●同・三年教室 外
三年A組の表札が掲げられた教室の外観。
 
●同・三年教室 中
ガランとした教室。
学級委員長と思しき女生徒が一人、黒板を消している。彼女にアキオは近づき、話かける。
※    ※    ※
女生徒「西条カナ、さん?」

と、女生徒は首を傾げながら振り返る。

アキオ「はい。……やっぱり、もう、帰っちゃいましたかね?」
女生徒「ていうか……、そんな人、三年生にいないと思うけど? 何かの間違いじゃ
ない?」
アキオ「えっ? (動揺しながら)あの、本人はオカルトに詳しいとか、言っていたんですけど……」
女生徒「オカルト? ……うーん。やっぱり、心当たりないなぁ。役に立てなくてごめんね」

申し訳なさそうに言って、女生徒は教室を出てゆく。
取り残されたアキオは、茫然とした表情を浮かべている。
 
暗転。
 
●同・屋上 昇降口前
屋上へと続く薄暗い昇降口。
その前にアキオが立つ。大きく深呼吸してから、アキオはそのドアノブを回す。
 
●同・屋上
軋んだ音をたてさせ、昇降口のドアをアキオは開く。
その瞬間、一陣の風が吹きすさぶ。
明るい日差しの中、手すりの前には、カナの姿があり、アキオに背を向けて佇んでいる。
その姿にアキオは安堵のため息をつく。

アキオ「なんだ。……カナさん、ちゃんといるじゃん」
アキオはゆっくりとカナに向かって近づいてゆく。
アキオ「カナさん……」

そう小さく囁きかけながら、アキオがカナの肩に触れると同時、アキオの両目が驚愕に見開かれる。
 
●アキオの霊視
灰色に塗りたくられた世界。カナの過去をアキオが視覚化する。
※ ※    ※
屋上の床の上にぶちまけられた鞄や教科書、ノート。
そこには「死ね」「消えろ、ブス」と言った酷い言葉が落書きされている。

アキオ「か、カナさん……?」

アキオは声を震わせながら周囲を見回す。
カナは手すりに上半身を寄りかからせるようにして、すすり泣いている。

カナ「……嫌い。みんな、大嫌い」

ブツブツと呪文のように恨みの言葉を呟きながら、カナは靴を脱ぎすてる。

アキオ「か、カナさん! ダメだ!」

アキオの叫びもむなしく、カナは手すりの向こうに身を投げ出す。

アキオ「カナさん!!

飛びつくようにしてアキオは手すりに飛びつき、下を見る。

アキオ「あ、ああ……、そ、そんな……」

下を見おろした姿勢のまま、アキオは呻き声をあげる。
花壇の上でカナが手足、そして首をありえない角度に曲げて、あおむけに倒れている。
裂けた腹部からは、腸と思しきモノがはみ出ている。
カナの顔のアップ。血まみれで、苦悶に歪んでいる。
と、カナの瞳が見開かれる。
最早、人間のそれではなく、金色に光る獣の目と化している。
 
●学校・屋上
カナが本性を現したことで、空は禍々しい赤に染まり、屋上の床は血にまみれた異界と化している。
※     ※    ※

カナ「アッキー……」

血にまみれ、腹から腸をはみ出した死体の姿のまま、カナが手すりの上に舞い降りる。

カナ「あの人形、やっとアッキーから離れたんだね。ほんと、目障りなやつ」
アキオ「う、うわっ……!?

たまらず、アキオはその場に尻もちをついてしまう。
床の血だまりがビシャッとはね、アキオの制服を汚す。
そんなアキオの様子をカナはしばらく、無言で見おろす。

アキオ「あ、あの、カナさん。ぼ、僕は……」
カナ「アッキー、私が怖い? ……そりゃ、怖いよね」

自嘲するかのようにカナはため息をつく。

カナ「私は誰からも忘れ去られて、誰にも築かれないまま、消えていくつもりだった。それなのに……、アッキーがいけないんだ」
アキオ「え?」
カナ「アッキーが私なんかに優しく声をかけたりするからッ……‼ だから、私は消えるのが怖くなったんだ!!

赤く血に染まったカナの両目から大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。

アキオ「カナ、さん。ぼ、僕は……」

血だまりの中、アキオは何とか体に力を入れ、立ちあがろうとする。
が、次の瞬間、外に飛び出たカナの腸が触手のように動き、アキオの首に巻きつく。

アキオ「がっ!? あっ……!?」

巻きついた腸に皮膚の上から精気を吸われ、アキオはその苦痛に悶絶する。

カナ「初めて、アッキーがここで話かけてくれたあの日、私、気がついたの。ああ、こ
の子は私と同じなんだって」

そう言ってカナは宙を漂いながら、アキオに接近してくる。

カナ「アッキーはいつもニコニコしているけど、本当はそうじゃないよね? 勉強して
いても、友達と遊んでいても、本当はちっとも楽しくないんだよね? 何の実感も
沸かないんだよね?」
アキオ「そ、それは……」
カナ「それはね。アッキーの心に大きな穴が開いているからなの」
手を伸ばし、カナは動けないアキオの胸を人差し指でつっとなでる。
アキオ「くうっ……!」

電流のように流れた苦痛にアキオは、顔を歪める。
 
●フラッシュバック 遺体安置書
アキオの過去。
薄暗い部屋の中、スポットライトを当てたかのように、シーツをかぶせられたアキオの両親の遺体が並んでいる。
※      ※    ※

ミチノブ「……大丈夫だからな、アキオ。爺ちゃんがついてるぞ」

必死に励ますミチノブの手に怯えきった幼い表情のアキオがしがみついている。
視線の先には両親の遺体が並べられている。
その間に警察官と思しき、人影が立つ。

人影「どうぞ、ご確認ください……」

陰鬱な口調でそう言って、人影は痛いのシーツを払いのける。

アキオ「あっ……」

幼いアキオの瞳が大きく見開かれる。
涙が流れ落ち、次第に瞳から光が消えてゆく。
 
●学校 屋上

カナ「アッキーは、身体は生きてるけど、心はその時、死んじゃったんだよね?」

悲しそうにカナはため息をつく。
何も言い返せず、アキオは無言で彼女の血まみれの顔を見上げる。

カナ「辛かったよね? 苦しかったよね?わかるよ、私もそうだもの」
アキオ「カナさん、僕は……」
カナ「だから、アッキー。私と一緒にいようよ」

そう言ってカナは血まみれの顔をアキオに近づけてくる。
そこには哀れみを誘うような懇願の表情が浮かんでいる。
一拍の間を置き――、アキオはため息をつく。

アキオ「……そうだね。カナさんの言う通り、毎日、何でもないフリするのもいい加減、
疲れたよ」

妙に晴れ晴れしい口調でそう言ってアキオはゆっくりと目を閉じる。

アキオ「爺ちゃんには悪いけど、ここで終わるのも悪くないかな……」

その言葉にカナの口元に微笑みが浮かぶ。
と同時にアキオの首に巻きついた腸がさらに強く引き締められる。
しかし、アキオは抵抗する素振りを見せない。
 
暗転。
 
●姫岸人形店・仏間
仏壇にアキオの両親の遺影が飾られている仏間。
と、その遺影が突然、ガタガタと音を立てて震えはじめる。
 
●姫岸人形店・アキオの部屋
遺影の振動音がアキオの部屋まで伝播している。
と、机の上に置きっぱなしだった半身、黒焦げたままのマリベル人形がむくりと上半身を起こす。
 
●学校・屋上
カナの怨念により、ますます異界化が進む。
いつの間にか、空には異形の羽虫が無数に飛び交っている。
※         ※    ※
白目を向いたアキオの首に巻きついていた腸が離れる。
アキオは、その場でバタンと横倒れに倒れる。

カナ「ごめんね。ごめんね、アッキー。痛いよね? 苦しいよね?」

すすり泣きながらカナは腸をうごめかし、アキオの足首をつかませる。
そのまま、アキオをずるずると手すりのほうへ引きずってゆく。

カナ「でも、もう一人じゃないから……」

ゆっくりとアキオの身体が手すりの上に持ち上げられる。
手すりの向こうにはカナが死んだ花壇が見える。

カナ「ずーっと、ずっと一緒にいようね……」

そう言って、カナは逆さまに釣り上げたアキオに話かける。
と、その時、小さな影が素早く飛来し、アキオをぶら下げたカナの腸を切り裂く。
腸の切断面からおびただしい血をまき散らしながら、カナは血も凍えるような恐ろしい絶叫をあげる。
アキオは背中から床に投げ落とされ、ぐえ、と苦悶の声をあげる。

アキオ「……あ、あれ? 僕、どうなったんだっけ?」

苦しそうにあえぎながらもアキオは何とか、意識を取り戻す。
そして、自分の右手にはまった、マリベル人形に気がつく。
マリベル人形は燃える前の姿に戻っている。

アキオ「ま、マリベル!? なんで、ここに!?」
マリベル「感謝するといいのだわ」
アキオ「えっ?」
マリベル「お前の両親に頼まれて、わざわざ、出向いてやったのだわ」
アキオ「父さんと母さんが……?」
マリベル「それにお前が死んだって、あの娘の為にはならないのだわ。……ごらん」

そう言ってマリベル人形はカナのほうを手で指し示す。
絶叫をあげ続けるカナの前身を黒い炎のようなものが覆いつくし、バチバチと爆ぜはじめる。

マリベル「このままだとあの娘、間違いなく地獄行きなのだわ」
アキオ「そ、そんなっ……!」

絶叫するのを止めたカナは、アキオとマリベルに向き直り、ジリジリとせまってくる。

カナ「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……!」
アキオ「カナさん!」
マリベル「哀れな子なのだわ。……引導、渡してやるのだわ」

空を見上げ、マリベルはカッと口を開く。
赤く濁った空に巨大な魔法陣が出現し、風車のように回転を始める。

カナ「な、なに、これっ……!?

回転する魔法陣にカナの全身を覆う黒い炎が吸い込まれ、引きはがされてゆく。
それと同時に、異界と化した屋上に散らばった血だまりなども吸い込まれてゆく。

アキオ「マリベル、これは……!?」
マリベル「あの娘、あのままじゃ怨念で汚れすぎて天国に入れないのだわ」
アキオ「え? 天国?」
マリベル「……もっとも、自殺なんてズルは絶対に許されないから、すぐにでも、生まれ変わることになると思うのだわ」
カナ「ふ、ふざけないでよっ……!」

魔法陣に吸い込まれまいと床に爪を立てながら、カナが叫ぶ。

カナ「また、一からやり直せって言うの!?あんな酷い目に、また、遭えって言うの……!?
マリベル「……人間はやはり、面倒臭いのだわ。なんなら、このまま地獄行きに」
アキオ「ちょっと、待って! マリベル!」

マリベルの口を塞ぎ、アキオはカナの前に進み出る。

アキオ「カナさん、帰ってきてよ! 僕、嫌なんだ! このまま、お別れなんて! も
う二度とカナさんが自殺なんて選ばないよう、僕も協力するから! だから、もう一
度、出会い直そう!」

叫ぶようにそう言ってアキオはカナの身体を力強く抱きしめる。
その腕の中でカナの表情からスーッと険が抜けてゆき、ごく普通の少女の表情に戻り――、消滅する。
と、同時に異界も完全消滅し、魔法陣も消える。
静寂が夕暮れ時の校舎を支配する。
空を見上げながら、

マリベル「……人間って、本当に面倒なのだわ」

と、マリベル人形は呆れたように溜息をつく。
 
暗転。
 
●病院・石島の病室 昼
テロップ「数日後――」

集中治療室から石島は一般病室に移っている。
彼の家族にアキオと岡田は、見舞いのメロンなどを手渡す。
石島は照れくさいのか、少し顔を赤らめ、そっぽを向いている。
 
●病院・廊下
電灯に照らしつけられる長い病院の廊下。
窓がないせいか、薄暗い。アキオと岡田以外、人の姿はない。
※     ※    ※

アキオ「石島先生、無事でよかったね」
岡田「ああ。あんなのでも死なれたら目覚め悪いもんなぁ。あ、それとよ……」
アキオ「ん?」
岡田「この間、お前、言ってただろ? 西条カナって先輩。それって15年前に……」
アキオ「ああ、カナさんのことならもう大丈夫だよ」
岡田「あ?」
アキオ「いろいろあったけど、やり直そうって決めてくれたみたいだからさ」
岡田「何だ、そりゃ? ……って言うか、お前、また、それはめてんのかよ?」

そう言って岡田はアキオの右手にはまったマリベル人形を指差す。
焼け焦げたところはすでに修繕されている。

アキオ「うん。いろいろあってさ。元のさやに戻っちゃった」
岡田「戻っちゃったってお前……」

岡田が呆れたようにため息をついた時、天井の電灯が突然、割れる。
それを見上げながら、岡田が裏返った声を出す。

岡田「な、何なんだよ!? ビ、ビックリすんじゃねぇか……」
アキオ「ん? どうしたの、マリベル?」

そう言ってアキオは、右手のマリベル人形を自分の耳元まで持ち上げる。

岡田「お、おい、アキオ。お前、何言ってんだよ?」
アキオ「ん? ……来る? 何が?」

マリベル人形の片手がすっとあがり、廊下の奥を指し示す。
次の瞬間――、車椅子を押した血まみれの看護婦がケラケラ笑いながら、アキオ達めがけて突っ走ってくる。
 
(終)
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