第1話お礼参り

文字数 4,764文字

春になって初め頃、私は87年の人生に幕を閉じようとした。
今までの人生を振り返れば、普通の人のように良きこともあれば悪いこともある人生だった
富や名誉はそれほど大きくなかったが私は子や孫に恵まれ。
私の死を悲しみ、看取ってくれるそんな良き家族が沢山いたのが私の幸せだろう。
もうそろそろ意識は薄くなってきた、もうすぐ私は先立った妻の元へ行く。
残された子供やそして孫たちのこれからの幸せを願い、深い眠りについた。
目を覚ました時は周りは草木が生い茂る草原の上であった、ここはどこかと思ったが
確実に思うのは私は死んだのだ。
ここは天国か?と思ったがこの草原のすぐ近くに人が歩いてできたような道があり
もしかしたらここを辿れば天国へと行くだろうと私は思った。
年老いて重くなった腰を上げて、その道を歩くことにした。
現世での老人の自分なら野垂れ死ぬかもしれないような距離だが、今の自分は死んだ身
多少歩みは遅いがたとえ地球を一周するような距離でも無理はない。
「地獄への道ではないだろう、私は地獄へ行くようなことはほとんどない」
そう思いながらヨタヨタと歩く、周りは草原しかなく人が作ったようなものは皆無だった。
その流れだと時計もないから、一体どこまで歩いたかわかるわけもない。
疲れはないが、ずっと同じ風景の中をほぼ永遠に歩いているような感覚は気がおかしくなりそう
になる。
しかしその道中、道の横に座ってくれと言ってるようにベンチがあった。
それは気でできた簡単なもので2人は座れるようなものだった。
「疲れはしてないが、ちょうどよかった一回休もう…」
腰を落として座って草原を見回したがそれは何も心の休息にならない。
少し目を閉じて軽く眠ろうとした、死後の世界で生きてた頃のように眠るなんておかしいだろう
少しふふッと笑いそうになったが、今は心を休めるために目を閉じた…。
「よう」
という声が隣から聞こえたぱちっと目を開けてその声の方向へ顔を向けたら人が座っていた。
その人物もここにいるという事は彼も死んだ者であった、というよりもこの人物は知っている。
「お前…」
彼は高校時代の頃の悪友だった、年寄りになってからも付き合いはあったが
私が70頃にどこかの噂で死んだと聞いた。元々性も悪く、嫌われ者だったし。
この歳になっても顔を見たくない程嫌いなやつだった。
「おめえさん、やっと死んだか、87年はちょっと長すぎるんじゃないか?」
「余計なお世話だよ、お前もろくな死に方してないだろう」
そもそもこいつと絡んでしまったのは高校時代だった、あの時代は自分にとって
暗黒の時代とも言えた時だった。
私のクラスにはとある教師がいて、そいつは個人的に嫌な奴と思っていた。
主だった理由はもう歳のせいで覚えてないが、印象は無能なくせに人から好かれてたのは
はっきり覚えていた。
そんな教師に反発していたのかその先生も自分のことが嫌いで当たりが強かった。
当時の私はあの教師に痛い目に合わせてやりたいと毎日思っていた時にあいつがきた。
「毎日思い悩んだ顔をしてますね、もしかしてあの教師が嫌いなのですか?」
なんだこいつって思いながらも少し頷いたら。
「そうですかい!俺もそうだよ、だっったら一つ懲らしめてやろうか、あの教師に」
その言葉に何も疑いなく私は飲んでそいつと作戦を練り始めた、この時だけはこいつとは
相性がいいと思ってた、教師の悪口どころか、他にも嫌いなクラスメイトの話をして
盛り上がった。
そして次の日にその教師に鉄槌を下すことができた内容はこうだ。
悪友がどこからか取ってきたか分からない、その教師の“知られたくない”秘密を校内放送で
バラして、私はとどめの一撃として髭剃りクリームをその教師にぶっかけてやったのだ。
この経験以降は調子づいた私たちは、他に気に入らない教師やクラスメイトがいればこの
“公開処刑”を行っていた、もちろんのこと、その報いもすぐにやってきた。
教師たちはその鉄槌を逆に自分達にやってきた、飲食店でよくするブラックリスト入りをして
僕らをクラスから孤立させたのだった。
同級生どころか上下の生徒からも軽蔑の対象になって、私は輝かしい高校生活を失った。
「どのみち、これは運命なんだよ、気にしたってしょうがないじゃないですかい」
とケラケラ笑う悪友を見て、その時私はもうこいつとは関わるものかと心の底から思い
とにかく自分の視界から半径300メートル入れないように努力をした。
しかしこいつはいつまでも私の人生に関わり続けようやく私の前から消え失せたのは
70を過ぎた頃だった。
それまでは仕事についていた私から金をせびってきたりしてたし、ろくな人生を歩まない
だろうとは考えいた。
こいつと一緒にいてよかったという事は死んだ今から思い出そうとしても一つもない。
むしろ出会わなければよかったと思うことしかないのだ。
「お前さんは立派なもんだよな、奥さんもできて子供や孫に恵まれて、俺とは大違いだよ」
「お前の性格では無理だよな」
「バカ言わねえでよ、俺は俺なりに生きれたんだから、褒めて欲しいくらいだよ」
少しいらっとしたけど、少し聞いてみたいことがあったので聞いてみた。
「お前はなんで死んだんだ?、まあどうせロクな死に方じゃないがな」
「そんな言い方ねえだろ、ボロのアパートを追い出されて、寒空にさらされて橋の下で
誰にも知られずに死んだのだからさぁ」
やっぱりロクな死に方をしてないし、今までの人生から考えて様あない最後だと私は思った
その時に私の元へ来ても追い返すこともするし、死んでもせいせいするくらいだ。
「…多分あんたは追い返すと思ってわざわざあんたとこへは寄らなかったぜ。
なんせ家族がいるからな、だからさホームレスの道を選んださ」
それを聞き、今まで私に金をせびってきたり飯を奢って欲しいという時は、家族が
近くにいない時だったし、もしかしたらこいつもこいつで気を遣ってたと思う。
「友も家族もいない俺にとって、あんたは俺の友だぜ、あんたが突き放してもさ…」
そして悪友は立ち上がり、私が進むべき道とは逆の方向へと歩いていった。
悪友が見えなくなってから、私はすぐに腰を上げてまた歩み始めた。
天国はまだ先らしい、
あたりはまだ草原の広がる殺風景の風景しかなかった。
そしてまた木でできた簡単なベンチがそこにあった…
この風景にまた疲れが出たのかそのベンチに腰掛けてまた目を閉じて眠った。
自分の隣の空いてる席に人の気配を感じて目を開けて振り向くとまた人がいた。
何も言わずにただ黙って草原を眺めるその男は私の知っているものだった。
「き…君は…」彼はかつての親友だった、先ほどいた悪友とは違って彼は本当に弟のように
仲の良かった親友だった。
小学校の頃から常に共にいて何をしても一緒だった彼だったが、高校へ入る前にすでに
縁は切れていた。
死んだ身とはいえ、思い出したくもないずっと封印していたあの出来事を彼をみて
思い出してしまった。
学校のスポーツサークルに入ってた時にそこの空気に合わずに退部することにした時だった。
「なんでやめるんだよ!、一緒にこのサークルを変えようって言ってたじゃん‼︎」
「どうせ変わらないよ‼︎やめるのはこっちの勝手だろ‼︎」
友人と大声で喧嘩になりそして私は、彼を本気で殴りつけて私は部室を出た。
そして彼は自分の視界から現れなくなり、大人になった後も一切姿を見なくなった。
家族ができたその後も彼に謝罪をするために探して回ったが親友に関する事は
ほとんどなかった。
そして今ここに彼がいるということは、私の前か同じ時期に死んだのだろう。
何を話すべきかと考えても思いつかずただ沈黙が続き、重い空気が漂ったが、
このまま何も言わず天国へ行くのも何かを残す感じで嫌だったので
私は口を開いた。
「あの時はすまなかった…、と言ってもかなり昔のことだからもう許すか許さないかは
どうにもならないだろう…、けど、ずっと探していた、もう一度親友だったあの頃に
戻れたらと思っている、都合がいいと思うなら構わない…」
しかし親友はこっちに目を合わせない所が何も語らなかった、やがて私も何も言えなくなった。
再び沈黙が続いたが彼はすぐに立ち上がって自分が向かう方向へ歩いて行った。
追いかけようと立ち上がったが、年老いた自分では走ることができずそのまま姿は
見えなくなった。
彼は私のことを許してくれたのだろうか?。
だが伝えたいことは言えたはず、たとえ親友がどう思うとも心の中の引っ掛かりは
なくなった。
私はまたこの道を歩き始めた、先ほどの悪友が逆の方向へ歩いて行ったのと、
親友が自分が向かう方向へ歩いたことを考えれば、こっちが天国だと思っている。
しかしそこまではまだまだ遠い、2回おきた出来事でまだベンチはあるだろうと
思いながら歩き続けた、読み通りまたベンチがそこにあった。
そこでも腰を落として誰かが来るかを私は待った。次は誰が隣に座るだろうか?
目を閉じて待っているとまた人の気配を感じて横を見た。やはり人がいた。
「…父さん…」
そうだ子供時代に親の離婚で完全に疎遠になった父だった。というより私にとって
父は父とは思っていなかった、家族のことより仕事に力を入れていて全く家にいなかったし
その時の私も父は自分に大して愛などないと思っていた、そういった確執は母の影響も
あったけど、個人的な感情で父を好きだと思っていなかった。
だが今老衰で死んだ老人としての自分は彼に言いたいことがあった、だから今言うべきと思う。
私は最初にこういった。
「父さん…私はあなたが嫌いでした…、でも大人になり家庭を持ってわかったことがあります」
父は何も言わず黙って自分を見てた。
「あなたは不器用でした…私に家族にどう接すればいいかわからなかった、職人気質のあなた
だから働いてお金を稼いで、家庭を守ろうとしたのが今の私にはわかります、」
それを聞き父はフーッと息をついて口を開いた。
「すまんな…こんな父親で」
その目から一粒涙をこぼしていたのが私には見えた、あの時の父は笑いもしない鉄面皮の
男と思っていたがなくところを見たのは最初で最後だったかもしれない。
「父さんもう行くよ…私は天国で待っている人がいるから」今度は自分からその場所から
去ろうとした、その時父が自分にこう言った
「ご苦労様」
この言葉は家族のために頑張ってきた自分への労いとしてだと言うことだろう。
私はまたベンチがある場所まで歩いて進んだ。
もう私の人生にとって重要な人物はもういないだろう。
いるとすれば一人いる。
それを越えれば天国へと辿り着くだろう。
もう歩きではない老体であろうと走ることに努力をした、とにかくすぐに向かいたかった
きっと待ち続けているだろうと、息を切らしながら走った。
そしてまたベンチがありそこには自分と同じく年老いた老女がいた。
私は何も言わず彼女の隣へ座った。
「ずっと待っていたのか?」
「ええ」
と静かに彼女は言った。
「お前もお前の人生に関わった人たちに会ってきたか?」
「言わなくてもわかってるでしょ」
ここまできてわかったことはここは天国もしくは地獄へ行く道中であり
後悔が残らないように途中途中で人生に大きく関わった人物と対話する機会も与えられる。
私はそれをしていたのだった。
「私がいなくなってから寂しくはなかったでしょ、子供や孫がそばにいてくれたからね」
「正直いえばお前がいなくなったから家は寂しく思ったよ」
「あらあら」
少し笑う彼女に少し安心した、彼女は昔から気の強い人だったから。
だからこそ私を生涯支えてくれたのだ。
「もうそろそろ行こう、話は向こうでしよう」
「わかったわ」
そして私は彼女の手をとって向かうべき天国へと向かった


「ねえパパ、おじいちゃんは天国に着いたかな?」
「ああきっとおばあちゃんのところへ着いただろう」
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