逃げる、逃げる、頑張る

文字数 972文字

ちょっと待って、ねえ、ちょっと待って。
今全力で走ってるの、苦しいつらい、帰りたい。
誰かが無言で追いかけてくる。顔も知らない声も知らないどこの誰かも全くわからないのに、全速力で追いかけてくる。

ちょっと待って、ねぇ、ちょっと待って。
走るのが苦手なの、五分も走った日には肺が喉まで迫り上がってくるし、心臓は耳で動くし、脚は棒を超えて紐みたいにフラフラするの。
追いかけてくるならなんか言ってよ、怖いから、怖いから。

何分走った? もうここがどこかもわからないんだけど、止まっちゃいけないことだけはわかる。止まっちゃいけないから、なんとか気力だけで走ってるんだけど、誰か助けて。
こんなに暗い夜の、こんなに暗い道、誰もいなくて当たり前だよね。お願い、そんなことはわかってるんだけど誰でもいいから目の前通ってくれないかな?

突然私の足が速くなったりしないかな、ちょっとくらい立ち止まってもいいんじゃないかな、未だに逃げ切れているのが奇跡なんだけど。
あー、もう無理。いいんじゃない? 捕まっても。
そもそも追われる理由なんてないし、暗いし怖いし疲れたし、眠いし。
痛くされないならもうどうにでもなれ。
それが無理なら足を休めたい、空飛べたりしないかな。
なんかほら、力一杯地面を蹴ったら空をフワッと飛んで逃げ切れるの。
こう、グッと地面を……。

ちょっと待って、ねぇ、ちょっと待って。
飛んだ、私飛んでるよ、地面に足ついてない、飛んでるよ私!
三センチくらい!
待って、走るより遅いよどうしよう。しかも、走るより苦しい。なんか肺に空気パンパンに詰め込んで口も鼻も塞がれたような、必要以上の空気丸呑みした感じ。
走った方が速いよ、三センチって意味ないじゃん。むしろ追いつかれたときに地面に押さえつけられるような位置だ。やめてやめて、浮いて! それが無理ならもう走らせて。

あ、やだ捕まる、捕まる捕まる!


視界が急に眩しくなる。
テーブルと頭に挟まれた右腕がジンジンと痺れて痛い。
夢だったのか。まあ、そうだよな。
それにしても、あの微妙な浮遊感はなんだ。
夢ならもっと軽やかに空高くヒーローみたいに飛べたっていいじゃないか。三センチ飛ぶのにあの労力って……鳥って大変なんだな。
あー、疲れた、眠い。でももう動くのも面倒くさい。布団の方から迎えに来てくれないかなぁ。
……いや、もうちゃんと自分で動こう。

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