第1話

文字数 1,291文字

 拝啓、貴方へ

 きっとこの御手紙が届く頃は、肌寒さ感じる錦秋頃でしょうか。紅葉は見に行かれましたか?体調を崩してはいませんか?植物達は元気ですか?きっとこんな形の再会に驚き、そして嘆き悲しんでいることでしょう。あるいは、喜んでいるのでしょうか?もし前者なのだとしたら、古い記憶を思い出させてしまうこと、本当にごめんなさい。いいえ、それよりも先に謝らないことがあるのは重々承知です。貴方もきっとそのことを問い詰めたいはず。ですが、どうか、過去の私の決断を許してくれないでしょうか。私がこのような決断をした理由は、きっと貴方なら了解はできずとも理解はできるはずです。私は、私の道を行こうかと思います。暗く、冷たい道かもしれません。そのことを十分承知した上で、探さないでいてほしいのです。そして、どうか、ゆめゆめ、私たちの道が違えたとは思わないでほしいのです。これは、むしろ、私たちの道が一つであるが故の別れでもあって、ええ、わかっています、私は貴方の思いを踏み躙っていて、これは傲慢の極みであることも十分承知ですが、それでも、私の道は貴方の道と寄り添っているのです。
 さて、このような少々回りくどい手段を使ってまで御手紙を送った理由ですが、あの日、朝食を食べた後、どうしても伝えたくて、どうしても伝えられなかったことを書き認めるためです。
 今年の夏、あなたから見ると去年の夏に、私の体調が悪くなり始めた時のことは、私よりも心配をしていた貴方のことだから覚えていると思います。私はあの時、自分の死期を悟りました。きっとこの先長くはないと。そうして、落ち込み、疲労したのは私よりも貴方の方でした。貴方が私を想い、不安を気取られぬよう無理にでも明るく振る舞っていたことに私は気づいていたのです。あの時から貴方時折、嫌な笑顔をするようになりました。自分を殺して『大丈だから』と。貴方が思う以上に貴方の心と体は衰弱していたことでしょう。そんな貴方の姿を見て、貴方が私を想って振る舞ったように、私もまた貴方を想い行動したいと思うようになりました。もう貴方が弱らぬよう、貴方が傷つかぬようにと。そうして、私は「決断」をしました。これが、事の真相であったわけですが、思いの外、予想の範疇だったのでしょうか?だとしたら嬉しい限りです。
 ここまでを読んで私があの日、伝えたかったことは伝わりましたか?最後の言葉というのはこれが初めてですが、とても難しいものです。こんなにも書きたいことが溢れてしまう。いっぱい書いていたいけれども、時間も紙も足りそうにありません。だから、私から貴方へ遺すこの御手紙に託そうと思います。
                                敬具(文字の上に二重線)

 眼鏡をかけた貴方が好き。チェアで眠りこけてしまう貴方も好き。忘れ物に気づいて慌てふためいている貴方も。貴方の泣いた顔も笑った顔も怒った顔も全部好き。繋いでいたい手はいつも貴方のものでした。願わくは、貴方のこれからに幸多からんことを。
                                敬具

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