第5話 手袋
文字数 2,266文字
六時きっかりに俺のアパートのチャイムが鳴った。
孝弘の家は俺の家からは結構距離がある。それでも迎えに来てくれた気遣いが、なんだか申し訳なかった。
扉を開けると、そこにはいつもの孝弘が立っている。
薄手のシャツにダウンコートを着ていた。
ダウンの前が開いていて、ヤツの体格が見える。もこもこしたダウンによって余計逞しくみえた。
「用意はできてるか?」
「ああ」
用意っていっても財布とハンカチとティッシュくらいしか持ってないけど。
玄関を鍵で閉めて孝弘と並んで歩き出す。
やっぱり俺はヤツの顔を見上げる形になった。
でも、それが定位置になっていた俺は、なんだか妙に落ち着く。
「メシ何食う?」
「ラーメンでいい」
「はは、またラーメンか」
孝弘は笑って、俺も笑った。
映画館が入っているショッピングモールにつくと、そこのレストラン街でラーメンを食う。ヤツは味噌ラーメンを、俺は醤油ラーメンを。
ラーメンを食いながら今日の映画のことを話した。
『宇宙戦争2』までは主人公の友人が死んでしまったところで終わってしまった。
映画でそういう終わり方ってないと思う、と俺はその当時続きが気になって仕方がなかった。
「あれってやっぱりガンズは死んじゃったのかな」
「本当はどこかの組織にかくまわれて生きているとか、ありそうだな」
「デールがそれで助けに行くのかも」
この映画の主人公はデールという青年で、宇宙をひっくるめて悪と戦うSFのヒロイックファンタジー映画だった。三部作で今回が最後。だから観る方も余計に熱が入るというものだ。
映画が楽しみでしょうがない。
「なんかすごく楽しそうな顔しているな」
「え? そうか?」
孝弘が俺を満足そうに見て笑う。
なんだかそんな目で見られると、どきりとする。
何か、孝弘の大きな懐にすっぽりと包まれているような、庇護されているような、そんな感覚。甘えてしまいたい衝動に駆られる。
「孝弘だって楽しみだろ? 宇宙戦争3は」
「ああ。でも和沙と観に来られたことの方が楽しみとしては大きい」
突然言われたことに、言葉に詰まる。
俺が何かを言う前に、孝弘はまた味噌ラーメンを食べだした。
「ここの味噌ラーメンはうまいな。大学のカフェのやつよりも美味い」
またいつも通りの孝弘に戻った。
さっきのセリフにふいを突かれた感じだったが、俺も気を取り直す。
「ああ、大学のやつは安いのが売りだからな。ここのラーメンは美味いな」
そして俺も醤油ラーメンを食べることに専念した。
映画が終わって、俺たちは喫茶店でコーヒーを飲んで映画の感想を語りあう。
衝撃的な終わり方で俺たちは映画館を出るなり昂奮していた。
「やっぱりガンズは生きてたな! それでデールと一緒に悪の宇宙要塞を破壊かあ……。かっこよかった」
「あの宇宙船母艦とか最後の主砲ビームとか、凄かったな。迫力があって」
満足して俺が言うと、それにすぐに孝弘が答えた。
「敵ロボットも精緻ですごかった」
「ああ。あのしゃべる戦闘ロボットな」
「小型戦闘機で、みんなで宇宙要塞を叩くところなんて、鳥肌ものだったよ」
「そうそう、俺もそう思った。やっぱりこの映画はいいな。これで最終話っていうのがもったいない」
「そうだよな!」
俺たちは映画の話で盛り上がり、喫茶店で夜十時ごろまで喋り倒した。
そして帰りの電車に乗るために駅へと向かったのだ。
一月の終りの夜は、言う間でもなく寒い。
手袋をしていなかった俺は、手をこすり合わせて孝弘と電車を待った。
孝弘はホームの反対側である、下り線に乗って帰る。俺は上り線。
駅で電車がくるまでまた映画のことを話していたら、寒そうにしていた俺の手を、孝弘が大きな手で包み込んだ。
「寒いんだろ」
その体温の高さに驚く。
孝弘の手はとても暖かい。
駅のホームで手をつかまれていることよりも、冷たかった手が暖かい体温に包まれていることの方が意識に昇る。暖かくて、それが純粋に心地いい。
「手袋してくればよかったのに」
孝弘と数秒見つめ合ったとき、周りの視線にはっとする。
明らかに俺たちは奇異な目でみられていた。
「手、放せよ……こんな人目のあるところでなんて……」
「じゃあ、人目がなければいいか?」
そう言ってぱっと俺の手を離した孝弘は、悪戯っぽく俺を見て笑った。
「恋人ごっこだよ」
「あ……」
「いま、ちょっと恋人っぽかっただろ」
「……」
返事が出来ない俺に、孝弘は自分の手袋をポケットから取り出すと、俺に押し付けた。
「手袋、やる。俺、いつも手袋するほど寒くならないし。いつも一応もってくるけどしないんだ」
「いや、それはいくら何でも悪いよ。明日返すから」
「いい」
再度おれに手袋をおしつけて、孝弘は滑り込んできた下り電車の方を向く。
ドアが開くと、そこへ素早く乗り込んだ。
「じゃ。今日は楽しかった。またな」
にっこり笑って孝弘は手をダウンコートの中に突っ込む。
「あ……また」
俺がまごまごしているうちに、電車の扉は閉まってしまった。
電車は動き出す。電車の中で俺をみている孝弘が、ダウンコートに入れた手を抜き、高くあげて、俺に手をふる姿が流れて行った。
ぼうっとして俺はホームに取り残された。
雑踏のホームで一人になった俺の手には、孝弘から貰った手袋が握られている。
ホームには空っ風が吹き荒れていて、もう夜も更けて寒いったらない。
孝弘の手袋をはめてみる。
暖かい。とても暖かい。
冷たい俺の手を包む、暖かい手袋。孝弘の体温。
あまりの心地よさに顔がほころんでしまった。
孝弘の家は俺の家からは結構距離がある。それでも迎えに来てくれた気遣いが、なんだか申し訳なかった。
扉を開けると、そこにはいつもの孝弘が立っている。
薄手のシャツにダウンコートを着ていた。
ダウンの前が開いていて、ヤツの体格が見える。もこもこしたダウンによって余計逞しくみえた。
「用意はできてるか?」
「ああ」
用意っていっても財布とハンカチとティッシュくらいしか持ってないけど。
玄関を鍵で閉めて孝弘と並んで歩き出す。
やっぱり俺はヤツの顔を見上げる形になった。
でも、それが定位置になっていた俺は、なんだか妙に落ち着く。
「メシ何食う?」
「ラーメンでいい」
「はは、またラーメンか」
孝弘は笑って、俺も笑った。
映画館が入っているショッピングモールにつくと、そこのレストラン街でラーメンを食う。ヤツは味噌ラーメンを、俺は醤油ラーメンを。
ラーメンを食いながら今日の映画のことを話した。
『宇宙戦争2』までは主人公の友人が死んでしまったところで終わってしまった。
映画でそういう終わり方ってないと思う、と俺はその当時続きが気になって仕方がなかった。
「あれってやっぱりガンズは死んじゃったのかな」
「本当はどこかの組織にかくまわれて生きているとか、ありそうだな」
「デールがそれで助けに行くのかも」
この映画の主人公はデールという青年で、宇宙をひっくるめて悪と戦うSFのヒロイックファンタジー映画だった。三部作で今回が最後。だから観る方も余計に熱が入るというものだ。
映画が楽しみでしょうがない。
「なんかすごく楽しそうな顔しているな」
「え? そうか?」
孝弘が俺を満足そうに見て笑う。
なんだかそんな目で見られると、どきりとする。
何か、孝弘の大きな懐にすっぽりと包まれているような、庇護されているような、そんな感覚。甘えてしまいたい衝動に駆られる。
「孝弘だって楽しみだろ? 宇宙戦争3は」
「ああ。でも和沙と観に来られたことの方が楽しみとしては大きい」
突然言われたことに、言葉に詰まる。
俺が何かを言う前に、孝弘はまた味噌ラーメンを食べだした。
「ここの味噌ラーメンはうまいな。大学のカフェのやつよりも美味い」
またいつも通りの孝弘に戻った。
さっきのセリフにふいを突かれた感じだったが、俺も気を取り直す。
「ああ、大学のやつは安いのが売りだからな。ここのラーメンは美味いな」
そして俺も醤油ラーメンを食べることに専念した。
映画が終わって、俺たちは喫茶店でコーヒーを飲んで映画の感想を語りあう。
衝撃的な終わり方で俺たちは映画館を出るなり昂奮していた。
「やっぱりガンズは生きてたな! それでデールと一緒に悪の宇宙要塞を破壊かあ……。かっこよかった」
「あの宇宙船母艦とか最後の主砲ビームとか、凄かったな。迫力があって」
満足して俺が言うと、それにすぐに孝弘が答えた。
「敵ロボットも精緻ですごかった」
「ああ。あのしゃべる戦闘ロボットな」
「小型戦闘機で、みんなで宇宙要塞を叩くところなんて、鳥肌ものだったよ」
「そうそう、俺もそう思った。やっぱりこの映画はいいな。これで最終話っていうのがもったいない」
「そうだよな!」
俺たちは映画の話で盛り上がり、喫茶店で夜十時ごろまで喋り倒した。
そして帰りの電車に乗るために駅へと向かったのだ。
一月の終りの夜は、言う間でもなく寒い。
手袋をしていなかった俺は、手をこすり合わせて孝弘と電車を待った。
孝弘はホームの反対側である、下り線に乗って帰る。俺は上り線。
駅で電車がくるまでまた映画のことを話していたら、寒そうにしていた俺の手を、孝弘が大きな手で包み込んだ。
「寒いんだろ」
その体温の高さに驚く。
孝弘の手はとても暖かい。
駅のホームで手をつかまれていることよりも、冷たかった手が暖かい体温に包まれていることの方が意識に昇る。暖かくて、それが純粋に心地いい。
「手袋してくればよかったのに」
孝弘と数秒見つめ合ったとき、周りの視線にはっとする。
明らかに俺たちは奇異な目でみられていた。
「手、放せよ……こんな人目のあるところでなんて……」
「じゃあ、人目がなければいいか?」
そう言ってぱっと俺の手を離した孝弘は、悪戯っぽく俺を見て笑った。
「恋人ごっこだよ」
「あ……」
「いま、ちょっと恋人っぽかっただろ」
「……」
返事が出来ない俺に、孝弘は自分の手袋をポケットから取り出すと、俺に押し付けた。
「手袋、やる。俺、いつも手袋するほど寒くならないし。いつも一応もってくるけどしないんだ」
「いや、それはいくら何でも悪いよ。明日返すから」
「いい」
再度おれに手袋をおしつけて、孝弘は滑り込んできた下り電車の方を向く。
ドアが開くと、そこへ素早く乗り込んだ。
「じゃ。今日は楽しかった。またな」
にっこり笑って孝弘は手をダウンコートの中に突っ込む。
「あ……また」
俺がまごまごしているうちに、電車の扉は閉まってしまった。
電車は動き出す。電車の中で俺をみている孝弘が、ダウンコートに入れた手を抜き、高くあげて、俺に手をふる姿が流れて行った。
ぼうっとして俺はホームに取り残された。
雑踏のホームで一人になった俺の手には、孝弘から貰った手袋が握られている。
ホームには空っ風が吹き荒れていて、もう夜も更けて寒いったらない。
孝弘の手袋をはめてみる。
暖かい。とても暖かい。
冷たい俺の手を包む、暖かい手袋。孝弘の体温。
あまりの心地よさに顔がほころんでしまった。