占いの館奇譚
文字数 1,946文字
ガタガタガタガタ! ドンッ! ドカ!
壁に飾っていたツタンカーメンの黄金のお面が落ちた。
俺は立っていられずにテーブルの下にもぐった。小刻みに震えて時に跳ね上がるテーブルの脚の動きに地震の大きさを実感する。二十秒ほど経って、揺れはようやく収まった。
ポケットからスマホを取り出す。マグネチュード6の地震発生、余震に注意。画面を確認して、またポケットにしまった。
テーブルの下から這い出して店内を見渡すと、棚の上から段ボールがすべて滑り落ちて中身が床に散乱していた。
タロットカード、サイコロ、虫眼鏡、方位磁石、風水羅盤、気学方位盤、八卦鏡、断易箱、断易賽子、筮竹、算木、星座盤、ホロスコープ、ペンデュラム、ルーンストーン、ツオルキンカレンダー、カルトッシュカード、命理盤、水晶玉。
ここは俺が経営する占いの館だ。どんな占い師を雇ってもすぐに仕事をしてもらえるよう、西洋から東洋、エジプト、古代マヤまで、古今東西の占い道具を揃えている。それらの商売道具が床一面にぶちまけられているのを見て、俺は大きなため息をついた。水晶玉が割れなかっただけでも良しとするか。
床に落ちたツタンカーメンのお面を拾う。幸い割れていないし、ひびも入っていない。俺はほっとした。もちろん本物ではないし占い道具でもないのだが、店の雰囲気づくりに一躍かっている。それにこのお面を飾るようになってから少しずつ客足が伸びており、店のラッキーアイテムなのだ。金色に輝くお面に息を吹きかけて埃を払い、そっと壁にかけ直した。
外の様子を確認しようと扉を開けると、店の前で小柄な見知らぬおばさんが寝転んでいた。白い着物に赤い帯。頭には帯と同じ色の鉢巻きをしている。黒いアイラインと赤い頬紅に彩られた顔立ちはエキゾチックだ。
俺はすぐにピンときた。今日面接にくる約束だった新しい占い師だ。衣装とメイクをバッチリきめて面接に来るとは感心だ。おばさんのやる気を感じる。
俺はおばさんに手を貸して立たせると、笑顔で店の中に迎え入れた。
「ひどい所じゃな」
床に散乱した占い道具を一瞥して、おばさんは不愉快そうに声を上げた。
「すいません、地震で散らかっちゃって。すぐに片付けますから。ところでおばさんはどんな占いをするんですか。うちには大概の道具は揃ってますが」
「占い? ああ、鬼道のことか。そうじゃな。得意なのは亀の甲羅を火で炙って、入ったひびを見る術じゃ」
「亀の甲羅? それはちょっとうちにはないなあ。他の占いはできないですか」
「なら、湯を沸かして」
「沸かして?」
「沸騰したら、占ってほしい者の手を突っ込む」
「いや、危ないでしょ! それもうちではできないですよ」
「なんじゃ、文句ばかり言いおって」
真っ赤な唇を尖らせて、おばさんは不満げに俺を睨んだ。
「ここでできそうなのは他にないですか?」
「なら、踊りかのう。鹿の髑髏を持ってまいれ」
「だからそういうのはないんだって!」
おばさんは不服そうに眉間に皺を寄せ、店の中を見渡した。
「あれでよい。あれを持ってまいれ」
おばさんが指差したのは、壁にかかったツタンカーメンのお面だった。
「壊さないでくださいよ」
壁からお面を外して渡すと、おばさんは嬉しそうに頭から被った。踊る占いか。悪くないかも。お面をつけたおばさんはテーブルの上によじ登ると、狂ったように手足をぶるぶると振りはじめた。
テーブルの上で跳ねるように踊り狂うツタンカーメンのお面のおばさんを見て、俺は我慢できずに吹き出した。
「いやいやいや、おばさん面白すぎる!」
俺が腹を抱えて身をよじったとき、ガタガタガタとまた床が揺れだした。余震だ!
「早く入って!」
テーブルから落ちたりしたら大怪我をする。頭上で踊るおばさんに声をかけて、俺はテーブルの下にもぐった。だが、おばさんはテーブルから下りてこない。
ガタガタ、ガタ……ガタ。
揺れが止まった。テーブルの下から飛び出して見ると、踊っていたはずのおばさんが消えていた。ツタンカーメンのお面もない。店内を見渡したが、おばさんの姿はどこにも見当たらなかった。
もしかして泥棒だったのか。やられたな。被害がお面だけだったのが不幸中の幸いか。俺は尻をパンパンと叩いて、店内の片付けを始めた。
ラッキーアイテムだったツタンカーメンのお面はなくなったが、その後お客が急増して占いの館は繁盛した。おばさんを真似てやってみた踊り狂う占いが大ウケしたのだ。
一年後、スマホ画面のトップニュースを見て俺は驚いた。
「世紀の大発見! 吉野ヶ里遺跡で卑弥呼の物と思われる金印と一緒に、ツタンカーメンのお面が出土。世界中の歴史学者騒然!」
俺のお面ですと名乗りでるべきだろうか。踊って占っても答えはわかりそうにない。
壁に飾っていたツタンカーメンの黄金のお面が落ちた。
俺は立っていられずにテーブルの下にもぐった。小刻みに震えて時に跳ね上がるテーブルの脚の動きに地震の大きさを実感する。二十秒ほど経って、揺れはようやく収まった。
ポケットからスマホを取り出す。マグネチュード6の地震発生、余震に注意。画面を確認して、またポケットにしまった。
テーブルの下から這い出して店内を見渡すと、棚の上から段ボールがすべて滑り落ちて中身が床に散乱していた。
タロットカード、サイコロ、虫眼鏡、方位磁石、風水羅盤、気学方位盤、八卦鏡、断易箱、断易賽子、筮竹、算木、星座盤、ホロスコープ、ペンデュラム、ルーンストーン、ツオルキンカレンダー、カルトッシュカード、命理盤、水晶玉。
ここは俺が経営する占いの館だ。どんな占い師を雇ってもすぐに仕事をしてもらえるよう、西洋から東洋、エジプト、古代マヤまで、古今東西の占い道具を揃えている。それらの商売道具が床一面にぶちまけられているのを見て、俺は大きなため息をついた。水晶玉が割れなかっただけでも良しとするか。
床に落ちたツタンカーメンのお面を拾う。幸い割れていないし、ひびも入っていない。俺はほっとした。もちろん本物ではないし占い道具でもないのだが、店の雰囲気づくりに一躍かっている。それにこのお面を飾るようになってから少しずつ客足が伸びており、店のラッキーアイテムなのだ。金色に輝くお面に息を吹きかけて埃を払い、そっと壁にかけ直した。
外の様子を確認しようと扉を開けると、店の前で小柄な見知らぬおばさんが寝転んでいた。白い着物に赤い帯。頭には帯と同じ色の鉢巻きをしている。黒いアイラインと赤い頬紅に彩られた顔立ちはエキゾチックだ。
俺はすぐにピンときた。今日面接にくる約束だった新しい占い師だ。衣装とメイクをバッチリきめて面接に来るとは感心だ。おばさんのやる気を感じる。
俺はおばさんに手を貸して立たせると、笑顔で店の中に迎え入れた。
「ひどい所じゃな」
床に散乱した占い道具を一瞥して、おばさんは不愉快そうに声を上げた。
「すいません、地震で散らかっちゃって。すぐに片付けますから。ところでおばさんはどんな占いをするんですか。うちには大概の道具は揃ってますが」
「占い? ああ、鬼道のことか。そうじゃな。得意なのは亀の甲羅を火で炙って、入ったひびを見る術じゃ」
「亀の甲羅? それはちょっとうちにはないなあ。他の占いはできないですか」
「なら、湯を沸かして」
「沸かして?」
「沸騰したら、占ってほしい者の手を突っ込む」
「いや、危ないでしょ! それもうちではできないですよ」
「なんじゃ、文句ばかり言いおって」
真っ赤な唇を尖らせて、おばさんは不満げに俺を睨んだ。
「ここでできそうなのは他にないですか?」
「なら、踊りかのう。鹿の髑髏を持ってまいれ」
「だからそういうのはないんだって!」
おばさんは不服そうに眉間に皺を寄せ、店の中を見渡した。
「あれでよい。あれを持ってまいれ」
おばさんが指差したのは、壁にかかったツタンカーメンのお面だった。
「壊さないでくださいよ」
壁からお面を外して渡すと、おばさんは嬉しそうに頭から被った。踊る占いか。悪くないかも。お面をつけたおばさんはテーブルの上によじ登ると、狂ったように手足をぶるぶると振りはじめた。
テーブルの上で跳ねるように踊り狂うツタンカーメンのお面のおばさんを見て、俺は我慢できずに吹き出した。
「いやいやいや、おばさん面白すぎる!」
俺が腹を抱えて身をよじったとき、ガタガタガタとまた床が揺れだした。余震だ!
「早く入って!」
テーブルから落ちたりしたら大怪我をする。頭上で踊るおばさんに声をかけて、俺はテーブルの下にもぐった。だが、おばさんはテーブルから下りてこない。
ガタガタ、ガタ……ガタ。
揺れが止まった。テーブルの下から飛び出して見ると、踊っていたはずのおばさんが消えていた。ツタンカーメンのお面もない。店内を見渡したが、おばさんの姿はどこにも見当たらなかった。
もしかして泥棒だったのか。やられたな。被害がお面だけだったのが不幸中の幸いか。俺は尻をパンパンと叩いて、店内の片付けを始めた。
ラッキーアイテムだったツタンカーメンのお面はなくなったが、その後お客が急増して占いの館は繁盛した。おばさんを真似てやってみた踊り狂う占いが大ウケしたのだ。
一年後、スマホ画面のトップニュースを見て俺は驚いた。
「世紀の大発見! 吉野ヶ里遺跡で卑弥呼の物と思われる金印と一緒に、ツタンカーメンのお面が出土。世界中の歴史学者騒然!」
俺のお面ですと名乗りでるべきだろうか。踊って占っても答えはわかりそうにない。