どこでもない場所

文字数 1,025文字

 わたしはどこから来て、これからどこへ行くのか。 

 ふと気がついた時には、わたしは湖の(はた)を歩いていた。足元にはやわらかい青草がしげり、はだしの足裏にサワサワと心地よい。

 はて、わたしはここで、いったい何をしていたのだろう?

 意識のとおい果ての方に、どこかの目的にむかう道がぼんやりと浮かんでいる。がしかし、それはあまりにも朧げで、蜃気楼の向こう側で儚い夢のように見え隠れする砂漠のオアシスのように、霞みがかってどうしても判然としない。

 まあ、そのうちはっきりしてくるだろう。

 わたしは深く考えることをやめ、立ち止まってあたりをゆっくりと見回してみた。湖はずいぶんと大きく深いようで、深緑の水面の奥は不透明で何も見えない。頭上には青いというより紺碧の、雲一つない空が、はるか彼方まで広がっている。辺りにはわたしの他に誰もいないようだったが、耳をすますと

「さりさりさり」

 と、草の上を何かがひっそりと這うような音がする。わたしはしゃがみこんで、よくよく青草をながめてみた。すると草の間を縫うように、ちいさなちいさな人型の赤ん坊が、四つん這いになってたくさんはい回っていた。

 ああ! 危うく踏んでしまうところだった。

 わたしは脅かさないように気をつけながら、そのちいさな赤ん坊たちをそっと見守った。大きさはせいぜい2~3センチ、たまに8センチぐらいのすこし大きい子もいる。それらがみな

「さりさりさり」

 と微かな音をたてながら、青草の上をはい回っている。目を凝らしてちいさい顔をよく見ると、ニコニコニコと、みんな楽しそうに笑っている。赤ん坊たちの邪気のない笑顔を見て、わたしもつられて思わずニッコリほほ笑んだ。

 そうこうするうち、もぞもぞと妙な違和感を全身に覚えてふと気がつけば、わたしの体までずいぶんと小さくなっているではないか。あらためて手を顔の前にかざして見てみると、それは3~4歳の幼児のふにゃふにゃとした頼りない手であった。両手で顔をぱちぱち叩くと、ヒタヒタとやわらかな感触が伝わってくる。

 おやおや、わたしの手はもっと大きくて、ゴワゴワといかついはずなのだが。

 なにしろ、ほんの子ども時分から、漁師だった親父の手伝いで海に出ていたのだからな。親父が死んでからは、自分もまた一人前の漁師として、海の男として生きてきた。おや、そういえばこんなところで遊んでいる場合ではあるまいに。はて、そろそろ漁に出る時間ではないのかな。それにしてもここは一体……

 
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