第5話

文字数 4,139文字


WILD CHAIN
 おまけ 【 叶南のお仕事 】






  「フンフン♪フフフン♪」

  南監獄の一室、それはそれは偉い人がいる支部長室・・・。

  その支部長室からは、朝から鼻歌が聞こえてくる。

  何の歌かは分からないが、中にいる人物は、とても機嫌のいいことが分かる。

  「叶南支部長。西監獄支部長の莱里支部長がお見えです。」

  南監獄の支部長、そして全監獄の責任者であり権力者である叶南の部下が、来訪者の報せに来た。

  「あ~、入れ。」

  叶南が適当に返事をすると、いきなり叶南のデスクの上に、ナイフが刺さった。

  「なっ!!莱里支部長!」

  驚いた部下が、部屋に入ろうとした西監獄支部長を制止しようとするが、それは叶南によって止められた。

  「ああ、いいから。仕事に戻れ。」

  「あ・・・はい・・・。」

  納得いかない様子のまま、部下は大人しく部屋を出た。

  「で、久しぶりの再会で、ナイフを投げるってのは、どういう条件だ?」

  デスクに刺さったナイフを抜き取って、莱里支部長に向かって投げて返す。

  「・・・。仕事、忘れたの?今度、南と西合同で街に出て悪魔狩りに行くって・・・。」 

  「悪魔狩り?そんなのあったか?中世のヨーロッパで聞きそうな響きだな。」

  椅子から立ち上がって、身体を伸ばす。

  莱里はため息をついて、頭を抱える。

  「隼人・・・だっけ?あの子を連れていって、子供悪魔を探すって、会議で決めたでしょ?」

  「あ~・・・。」

  一週間前に行われた、会議。

  各監獄支部長と、数人の裁判官を交えた会議で、みんな馬鹿がつくほど真面目な連中なわけで、叶南としては、周りが勝手に進めてくれるし、決めてくれるという、暇でもあり、楽でもある会議だった。

  そのため、会議中に半分寝ていた叶南は、仕事を振られて適当に承諾してしまったのを思い出した。

  「まあいいわ。今日はその仕事の分担を決めようと思っただけ。忙しいならあとでまた来るけど・・・。」

  「忙しいけど暇になりてぇとこだ。」

  そう言って、莱里をソファに座るように促す。

  莱里支部長は、身長は小さめで一六〇㎝もないが、顔は歳相応である。

  いつも何故か白衣を着ていて、スカートは滅多に穿かず、ゆるめのズボンを穿いている。

  斎藤のように真面目な性格であるので、叶南との相性は悪いように感じるが、斎藤との方が相性は悪かった。

  自意識過剰なのに精神的に崩れやすく、莱里が支部長になったばかりのときも、女ということを散々馬鹿にしてきた。

  叶南は、人をおちょくっては来るが、斎藤のとはまた違う。

  莱里が地図を広げて、分担を決めようとするが、叶南がう~ん、と唸っているので、理由を聞いてみる。

  「どうかした?」

  小さく首を傾げて叶南を見る。

  「・・・あのよ、それ、数日かけてやるんだよな?」

  「え?・・・まあ、そりゃあそうでしょ?一日で街全部見れないもの。」

  「だよな。」

  そう言うと、また唸り始めた叶南に、はっきり言うように示す。

  「なにかあるの?」

  「隼人よ、あんまり無理させんのがな・・・。数分でもメチャクチャ体力削られるし、数日かかるってのもな。」

  意外にも、自分以外の人の事で頭を抱えていたのかと、初めて叶南を尊敬に値する人だと認識した莱里。

  莱里は隼人に会ったことも話したこともないが、人伝に聞いたことならあった。

  悪魔が見えることに関して、『怖い』とか『気味悪い』とか一般的な思いを持ったことは無く、『そういう人』という、何とも単純な感想だった。

  「でも、子供の悪魔は、その子にしか見えないし。」

  莱里がそう言っても、まだうんうんと唸っている叶南に、なぜか莱里も悩み始めた。

  「ま、いいか。」

  いきなり悩むことを放棄した叶南に驚いた莱里は、一度目を見開いたが、その後すぐため息をついた。

  「何よ、それ。いいの?」

  「一日ならなんとかなんだろ。数日なんか頼んだら、それこそあいつ面倒臭がって手伝わねえだろうしよ。俺の仕事は後でいいって言っとくか・・・。」

  「え!?仕事って・・・まさか、資料とか見せて無いでしょうね!?」

  「見せてっけど。」

  『機密』という言葉をこの男は知っているのだろうか、と思った莱里だが、叶南には何を言っても無駄だということを知っている為、呆れただけだった。

  さも当たり前のように答えてきた叶南に、情報を漏らされたらどうするのかと問えば、キョトンとし、豪快に笑いだす。

  「仕事早ぇんだからいいだろ。それに、あいつはんな資料の中の他人になんか興味無ぇって。そもそも、部屋に籠って本を読み耽ってる奴が、どこの誰に話すんだよ。万が一漏れても、なんとかなんじゃねえの?」

  叶南が早いというのだから、きっと相当早いのだろうと分かるが、そんな曖昧な理由で手伝わせているのかと文句を言いかけて、言葉を飲んだ。

  「本人に会ってみるのが手っ取り早ぇとは思うが・・・。」

  そう叶南が言うと、部屋のドアがノックされ、叶南が返事をすると、一人の男が入ってきた。

  「お、隼人。どうした?」

  「・・・どうしたじゃあねぇよ。自分が押しつけた仕事くらい覚えとけ。」

  そう言うと、男は叶南の顔の前に、週刊少年ジャンプの一冊分ほどの厚さになっている資料を、ズイッと差し出す。

  「おお。そうだったそうだった。お疲れさん。」

  男はため息をつきながら、その部屋を出て行った。

  「・・・あの子が隼人?」

  「そうだ。」

  男に渡された資料をペラペラと捲りながら、仕事の手早さと正確さに感心している。

  「・・・そのくらいの資料なら、一日あれば終わるわよ。」

  莱里が、叶南の手にある資料を見ながら、負けないという意思表示のような言葉を口にしてみると、叶南は資料をテーブルの上に置き、また笑う。

  「これ、一時間半前に出したやつだ。」

  叶南にそう言われて、莱里は小さめの目をクリッとさせ、口を半開きにして驚いた様子だ。

  「そういう反応になるよな。俺だって最初に仕事やらせてみたときは、本当に驚いたからよ。頭の回転がどうなってんのかね、あいつは。」

  冗談っぽく言う叶南だが、莱里は本当にどうなっているのかと考えだし、右目の眼帯をしていたことも思い出して、あっ、と声を出す。

  「さっき頼めば良かったじゃない。」

  「・・・あ、そうだな。」

  この人はやっぱりどこかネジが飛んでいると思いながらも、一応自分より立場的に上の為、心に留めておく。

  隼人に頼むのは叶南に任せることにして、莱里は日程調整をすることにした。

  数日間、連続でやろうとしたが、叶南からダメと言われ、仕方なく、一週間、もしくは二週間に一度ならイイと言われたため、自分と叶南の仕事の日程を確認しながら、開ける期間も計算しながらだった。

  面倒だったが、これも仕事だと自分に言い聞かせながらやっていた。

  コンコン・・・

  スケジュール管理の方が一通り終わった時、ふいにドアを叩く音が聞こえた。

  「?どうぞ?」

  「失礼します。」

  「あら、紅蓮裁判長。どうかなさいました?」

  紅蓮の登場で、莱里は立ち上がって入口のほうまで近づく。

  「今日はただの裁判官としてきました。来月の裁判の予定表です。目を通しておいてください。」

  紅蓮から二枚綴りになっている紙を渡され、返事をしながら受け取る。

  「わざわざありがとうございます。連絡くだされば、こちらから伺いましたのに。」

  莱里が申し訳なさそうに言うと、紅蓮は首を横に振る。

  「いいえ。叶南支部長から、莱里支部長はきっと日程調整で急がしだろうから、という話を聞きましたので。叶南支部長はお菓子タイムでしたけど。」

  紅蓮の最後の暴露に、莱里は一瞬眉間にシワを寄せるが、紅蓮がいるので、すぐに柔らかく微笑み返す。

  「そうでしたか。すみませんでした。ありがとうございました。」

  互いに会釈をし、紅蓮は莱里の部屋から出て行くと、莱里はお菓子を食べている叶南の顔を思い浮かべながら、額に青筋を立てる。







  「おかえり。」

  紅蓮が部屋に戻ると、隼人が本を読み始めようとしているところで、叶南のところに終えた資料を置いてきたのだと聞く。 

  「あいつは・・・。ちゃんと自分の仕事してんだろうな・・・?」

  呆れながら、コーヒーをカップに注ぎ、口に含む。

  「そういや、叶南とこに行ったなら、そんとき莱里支部長に会ったか?」

  「あ?莱里?誰だそれ。」

  「西監獄の女支部長。」

  「あ~・・・?いたような、いないような・・・。」

  部屋に行くまで、仕事を押し付けられたことによって、本を読む時間が削られた隼人は、それどころではなかった。

  部屋に行ったら文句を言ってやると思っていたが、何とも気の抜けた相手に、言う気力がもったいないと思ってしまった。

  「なんであれで全監獄の責任者になれたんだ?」

  紅蓮と隼人の尤もな疑問に、答えられる人はいなかった。

  「そういや、斎藤と叶南、んでなんだっけ。莱里?の他にもう一人はなんてーんだ?北監獄の支部長さんはよ。」

  実質、今は叶南が東と南の監獄をまとめているが、今まで一度も触れられていない北監獄支部長のことが気にかかった隼人。

  「ああ。確か、『貴氏』だったか?長身の男で、キレたら監獄が崩れるって聞いたことあるが・・・。まあ、実際どうなんだかな。」

  「へ~。随分と高貴な名前だな。足利家にいたよな?そういう名前の奴。」

  「ああ。字は違ったと思うけどな。」

  それから、その『貴氏』と叶南が以前一度だけ喧嘩になっていたことが判明した。

  叶南は左目に痣を作り、貴氏は口の中を切ったという結末だったという・・・。







  「っくしゅ!!!」

  窓の外を眺めながら、一人でコーヒーを飲んでいた叶南は、鼻をすすりながら、至極楽しそうに笑う。

  「・・・・・・・・風邪か?」

                                       



あれ?渋沢登場なし?

しかも仕事の話ほとんどない・・・。



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登場人物紹介

紅蓮:最高裁判所の裁判長

頭脳明晰で冷静沈着な男。

死んだような目をしているが情熱はある。


『失礼極まりないな』

渋沢:下等裁判所の裁判長

明るくちゃらけた感じだが、自分に自信がない。

紅蓮や隼人に憧れている。


『ヤバイ、仕事終わんない』

隼人:紅蓮と渋沢の手伝い

司法試験をトップで合格したにも関わらず、手伝いに留まる男。

右目に眼帯をしている。


『だって自由に生きてぇじゃん』

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