第1話

文字数 906文字

 服屋でコートを眺めていると声が聞こえてきた。
「買っていいと思うよ、仕事頑張ってるじゃん」
「買え買え! 二つ買え! リボ地獄になっちまえ」
 いちおう、天使と悪魔の方向性は同じだ。これは買いだな。散財が続いてるが、まあいい。
 そう思いコートをレジへ持って行く途中だった。
「物欲など捨ててしまいなさい」
 聞き覚えのない声がした。
「節約し、慎ましく生きるのです」
 私は気味が悪くなり、頭を叩いた。
「私はそんなところにはいませんよ。先々月は高級焼肉、先月は海外旅行。無駄づかいが過ぎます」
 うるせえやつだ。
「私の顔も3度までですよ」
 は?
「私はあなたの中の仏です」
 ほ、ほとけ?
「自分の中の仏なんか聞いたことがないぞ。おい、どこにいるんだ?」
「知らぬが私です」
 そう聞こえたとき、首が熱くなってくるのを感じた。
 まさか、喉ぼと……。
「そうです。いいですか、喉から手が出るほど欲しいものだけ買いなさい。まあ、手を出すかどうか決めるのは私ですが」


 喉に自分の中の仏がいると知ってから、どうも意識してしまう。そりゃそうだ、喉を棲み家にされてるんだから。咳の回数も多くなった気がする。
「イガイガしないでください、瞑想の邪魔です」
 ずっと瞑想していてほしいものだ。
 それなのに喋りかけてくる。
「私はいま大事な時期、まさに悟りを開かんとしているのです」
「悟り? 仏ならずっと開いてるんじゃないのかよ」
「やれやれ。いいですか、仏は大きく三種類あるのです。若い順に立像・坐像・涅槃像。出世魚みたいなもんですよ」
「へえ」
「立ってる像は謂わば悟りを開く前、若手です。あぐらをかいて座っているのは修行して悟りを開かんとしている時。横になってる涅槃像はすべての教えを説き終えた後です」
 修行のレベルで分かれていたのか。
「横になることが出来るようになるまで、どれくらいかかるんだ?」
「生後10年ほどして、喉仏が出てきたでしょう? あれは仏が座った証拠です。その日から私たちは、ずっと座り続けて修行をします。そしておよそ70年後、やっと寝っ転がることが出来るのです」
「え、喉の中で寝っ転がるのか?」
「ええ。だから歳を取るとよく、餅が詰まるんですよ」

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