ぼくの夢

文字数 553文字

 浪平さんがヘアサロン(という言葉をあえて使うが)にやってきて、
「きょうは前髪を」などといったとすれば、美容師はうれしい反面、不安も感じるにちがいない。
 うれしいというのは、浪平さんが実在することへの感情。しかも自分の店を選んでくれて、さらに、自分がその担当になれたことへの興奮である。
 不安というのは、浪平さんのどの部分が前髪なのか判断がつかないこと。それが自分の実力不足のせいかもしれないこと。あるいは自分にみえていないだけで、通常前髪と判断されてしかるべきものが浪平さんにも実はあるのかもしれないということ。浪平さん一流のジョークとしてではなく、浪平さんに自分が担当になったことへの不満があり、そのため侮辱として自分に前髪の調髪を依頼したのかもしれないこと。そもそも自分が接客しているとおもっている浪平さんは目の前に存在せず、椅子は空で、鏡面には自分しか映っていないのかもしれないこと……、つきることがないのである。

 ぼくの未来予想図。
 とんぼ、あの空をとぶとんぼが、いつの日かぼくのサロンにあらわれて、
「前髪おねがい!」と元気よくいってくれる秋晴れのすっきりした一日がやってくる。
 鏡は澄明な光を反映し、とんぼの前髪を切るぼくのハサミ、指はしあわせに仕事する。
「とんぼさん。きょうもよい一日ですね」
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