きっと死因は恋の病
文字数 1,922文字
スマートフォンで時刻を確認すると九時五十五分で、早足から小走りに切り替える。待ち合わせは十時だ。せっかくブレスレット風の腕時計をしているのにそちらで確認しないのは、単に腕時計に慣れてないからだった。これはアクセサリーの一つ。だって、腕時計を着けている方が頭が良さそうに見えるでしょう?
待ち合わせ場所は駅から少し離れていた。祝日の繁華街は人で溢れていて、合間を縫って進む。
早起きしたのに、なんでこんなに時間がギリギリになったんだろう?
学校のときは家を出る三十分前に起きればいい方なのに、今日は準備があるからと二時間も早く起きていた。シャワーを浴びて、お気に入りのワンピースに袖を通す。そして、なけなしのお小遣いで買った色付きのリップを唇に引いた。だって背伸びをしたいお年頃だから。ちょっとでも可愛いと、思ってもらいたいから。
半乾きの髪にヘアスプレーを馴染ませて、髪を巻いていく。ここからが悲劇の始まりだった。
目にまつげが入ったようで、「なんか違和感あるなー」と巻きながら鏡に近付いたら、それ以上に鋭い痛みが頬を襲った。
「あっつ!?」
思わず投げるようにアイロンから手を離して洗面台に投げる。
こんな日に、やってしまった。
じんじんと痛む箇所は、少し黒くなり痕になっている。こんな顔見せられない。一旦アイロンの電源を切り、救急セットをあさった。辛うじて一枚、あまり色の目立たない絆創膏を見付けて、悔しくなりながら貼る。せっかく早起きしたのに。用意周到だったはずなのに。顔に火傷を作ってしまうなんて、ツイてない。
だから今も頬には絆創膏が貼ってある。剥がしたくて仕方ないけれど、傷のある顔で会うのも嫌だ。
歩きやすさなんて考えなかった、店頭で一目惚れした見た目ばかりの可愛い靴は中々に走りにくい。先週一回履いて慣らしていたはずなのに、走ることは想定していない靴だから早くもちょっと爪先が痛い。
けれど、待たせてしまっているから。痛みなんて見ない振りをして私は走った。
待ち合わせ場所の時計台前には、一つ年上の先輩が立っていた。更に速度をあげて駆け寄る。
「すいません、遅れました!」
「ほぼ丁度だし、大丈夫。俺も今来たとこ」
先輩の額には汗が浮かんでいて、手をうちわ代わりにパタパタと扇いでいる様子から、おそらく本当に言葉の通り今来たところなのだろう。少し走ったのか、深く息を吐いて呼吸を整えているようだ。
今日の先輩は部活で会うときとは雰囲気が違う。服はTシャツに黒いパンツというシンプルな服装なのに、先輩が着ているとなぜだかとてもオシャレに見えて、見劣りしないようにと背筋を伸ばす。私を待ってくれていたという事実が、尚もそう見せるのかもしれない。
髪型もワックスで整えていて、先輩はいつも格好いいなと眺めていると、目の上で視線が止まる。
「先輩、目の上どうしたんですか?」
左目の上に絆創膏が貼ってあるのだ。
「それは君にも言えるんだけど?」
トントン、と先輩は頬をつついて私の絆創膏を指し示す。
「これはちょっと、ヘアアイロンで焦がしてしまい……」
「髪、綺麗に巻いてあって可愛いね」
可愛い。
その一言で、足の痛みも火傷の憂鬱も全て吹き飛んだ。二時間も早く起きた甲斐があった。好きな人の前では、いいところを見せたい。その努力が今報われた。
「俺も朝に前髪が伸びすぎてて良くないと思って切ってたら、ハサミが当たっちゃってね。慣れないことはするもんじゃないや」
もしかして、先輩も同じことを思っていたんですか?私に会うから、いいところを見せたいと思ったから、前髪を切ろうとしたんですか?これは私の自惚れでしょうか。
「絆創膏、お揃いですね」
私がそう言えば、先輩が目を細めてはにかみながら、小さく「そうだね」と呟いた。
……私、今日死ぬんじゃないだろうか。
見たことの無い笑顔の先輩に、心を鷲掴まれてしまっている。胸の奥で心臓が強く打つ。言葉にならない感情が沸いて、ただただ先輩に見とれたまま熱い息を吐くことしか出来ない。
一瞬の間が空いて、頬を冷やすように秋の涼やかな風が通り抜けていく。
先輩と私の距離は一メートルほど。距離と沈黙が気恥ずかしくてもどかしい。部活中なら軽口を叩いているのに、いざ学校から飛び出せば慣れなくて戸惑ってしまう。けれど、嫌な感じはしない。
「じゃあ……行こっか水族館」
「はい!」
先輩が水族館の方に歩き出したから、私はその後ろを追いかける。
掴みたくても掴めないその手を、今日は繋ぐことが出来るのだろうかと胸を高鳴らせながら、先輩の隣に並ぶのだ。
待ち合わせ場所は駅から少し離れていた。祝日の繁華街は人で溢れていて、合間を縫って進む。
早起きしたのに、なんでこんなに時間がギリギリになったんだろう?
学校のときは家を出る三十分前に起きればいい方なのに、今日は準備があるからと二時間も早く起きていた。シャワーを浴びて、お気に入りのワンピースに袖を通す。そして、なけなしのお小遣いで買った色付きのリップを唇に引いた。だって背伸びをしたいお年頃だから。ちょっとでも可愛いと、思ってもらいたいから。
半乾きの髪にヘアスプレーを馴染ませて、髪を巻いていく。ここからが悲劇の始まりだった。
目にまつげが入ったようで、「なんか違和感あるなー」と巻きながら鏡に近付いたら、それ以上に鋭い痛みが頬を襲った。
「あっつ!?」
思わず投げるようにアイロンから手を離して洗面台に投げる。
こんな日に、やってしまった。
じんじんと痛む箇所は、少し黒くなり痕になっている。こんな顔見せられない。一旦アイロンの電源を切り、救急セットをあさった。辛うじて一枚、あまり色の目立たない絆創膏を見付けて、悔しくなりながら貼る。せっかく早起きしたのに。用意周到だったはずなのに。顔に火傷を作ってしまうなんて、ツイてない。
だから今も頬には絆創膏が貼ってある。剥がしたくて仕方ないけれど、傷のある顔で会うのも嫌だ。
歩きやすさなんて考えなかった、店頭で一目惚れした見た目ばかりの可愛い靴は中々に走りにくい。先週一回履いて慣らしていたはずなのに、走ることは想定していない靴だから早くもちょっと爪先が痛い。
けれど、待たせてしまっているから。痛みなんて見ない振りをして私は走った。
待ち合わせ場所の時計台前には、一つ年上の先輩が立っていた。更に速度をあげて駆け寄る。
「すいません、遅れました!」
「ほぼ丁度だし、大丈夫。俺も今来たとこ」
先輩の額には汗が浮かんでいて、手をうちわ代わりにパタパタと扇いでいる様子から、おそらく本当に言葉の通り今来たところなのだろう。少し走ったのか、深く息を吐いて呼吸を整えているようだ。
今日の先輩は部活で会うときとは雰囲気が違う。服はTシャツに黒いパンツというシンプルな服装なのに、先輩が着ているとなぜだかとてもオシャレに見えて、見劣りしないようにと背筋を伸ばす。私を待ってくれていたという事実が、尚もそう見せるのかもしれない。
髪型もワックスで整えていて、先輩はいつも格好いいなと眺めていると、目の上で視線が止まる。
「先輩、目の上どうしたんですか?」
左目の上に絆創膏が貼ってあるのだ。
「それは君にも言えるんだけど?」
トントン、と先輩は頬をつついて私の絆創膏を指し示す。
「これはちょっと、ヘアアイロンで焦がしてしまい……」
「髪、綺麗に巻いてあって可愛いね」
可愛い。
その一言で、足の痛みも火傷の憂鬱も全て吹き飛んだ。二時間も早く起きた甲斐があった。好きな人の前では、いいところを見せたい。その努力が今報われた。
「俺も朝に前髪が伸びすぎてて良くないと思って切ってたら、ハサミが当たっちゃってね。慣れないことはするもんじゃないや」
もしかして、先輩も同じことを思っていたんですか?私に会うから、いいところを見せたいと思ったから、前髪を切ろうとしたんですか?これは私の自惚れでしょうか。
「絆創膏、お揃いですね」
私がそう言えば、先輩が目を細めてはにかみながら、小さく「そうだね」と呟いた。
……私、今日死ぬんじゃないだろうか。
見たことの無い笑顔の先輩に、心を鷲掴まれてしまっている。胸の奥で心臓が強く打つ。言葉にならない感情が沸いて、ただただ先輩に見とれたまま熱い息を吐くことしか出来ない。
一瞬の間が空いて、頬を冷やすように秋の涼やかな風が通り抜けていく。
先輩と私の距離は一メートルほど。距離と沈黙が気恥ずかしくてもどかしい。部活中なら軽口を叩いているのに、いざ学校から飛び出せば慣れなくて戸惑ってしまう。けれど、嫌な感じはしない。
「じゃあ……行こっか水族館」
「はい!」
先輩が水族館の方に歩き出したから、私はその後ろを追いかける。
掴みたくても掴めないその手を、今日は繋ぐことが出来るのだろうかと胸を高鳴らせながら、先輩の隣に並ぶのだ。