第1話 ルシファー家

文字数 3,438文字

 今日も冒険日和である。
 (ふぁー、今日はどこへ行こうかな?)
 アクビが出てしまった。のんびりと絶賛スローライフ中。身体を伸ばして空を見上げた。

 思いきって、魔界でも旅をしてみようかと考えてみた。
 (・・・そうだ!)
 ルシファーとベルゼブブの夫婦が住んでいる居城を目指すことにした。ついでにサタンに「吸収」という技を教えてもらおう。いや、ルシファーに「ミアズマ」を教えてもらった方がいいか? それともベルゼブブに「呪い」を教えてもらうか? そもそも魔族でない私に習得できる技なのか・・・?
 (取りあえず、話を聞いてもらうか・・・)

 今の能力に限界を感じていた。「チャージ竜」の力と「カムイ無双流」。この二つが私の技だ。
 大抵の敵は何とかなる。夢の中で私は敗北した。現実世界での出来事ではないが、手も足も出なかった。
 「吸収」や「呪い」なら、攻撃が出せないような敵でも倒せるかもしれない。
 ルシファー達の戦いを実際に見て、そう思っていた。
 「殴らずに勝つ!」
 羨ましく思えた。美学のように感じた。私には接近戦で戦うしか、技がない。「殴らない技を覚えたい」と考えていた。

 魔界。
 そこは魔族、悪魔、魔物の棲む世界。悪とされる暴力、略奪などが平気で行われる世界。言い換えれば、自分の欲望に純粋と言える。力こそ全て。当然のように、弱者は強者に虐げられる。

 「あらっ、オテロじゃない?」
 (毎度のことか・・・)
 何故か分からないが、ここに来ると必ずサタンに見つかる。何だか見張られているような気分となる。
 「サタン、元気そうで何よりだよ」
 「そうね、また何か問題を持ってきたの?」
 このような何気ない会話をしていた。
 「サタンに聞きたいことがあるんだ」
 「あらっ、何かしら・・・」
 「『吸収』は誰でも覚えられるの?」
 「オテロは吸収を覚えたいのぅ?」
 「そうなんだ。ダメかな?」
 「出来るかどうかは貴方次第よぅ」
 一か八か、聞いてみてよかった。可能性はあるみたいだ。
 「・・・では、早速教えて下さい。サタン師匠」
 「・・・師匠ねぇ、なかなかいい響きよねぇ。分かったわぁ。厳しいけど、ついてらっしゃい!」
 「ハイ、師匠」
 それから、毎日のように修行に打ち込んだ。
 (負けないんだからぁ・・・)
 吸収どころかオネエ口調まで習得していた。

 魔界へやって来て、一週間。吸収という技を習得。今日は、ルシファーの居城へやって来た。
 (ここに住んでいるのか・・・)
 はたして、呼んでも出てきてくれるのだろうか?
 (執事かメイドか、出てきてくれないかな・・・)
 それほどまで大きい城。その外観は、絵本の中から飛び出してきたようなデザイン。一目で悪魔が棲んでいるような城と分かる。


 その佇まいが威圧してくる。並みの冒険者なら逃げ出すことだろう。

 偶然にもルシファーが出てくるところだった。
 「ルシファー!」
 大声で叫んで怒られた。
 「オテロ、静かにしないか! 妻が寝ているんだぞ!」
 「ゴメン、でも君も大声だよ・・・」

 ルシファーをからかいに来たわけではない。妊娠中のベルゼブブを見舞うために来たのだ。
 迷惑をかけるといけないから、アドラメレクを宿屋に閉じ込めて来た。
 「ハイ、これ」
 「いつもスマンな・・・」
 籠一杯に母子の栄養となる食べ物を詰めて渡した。
 「気にしなくっていいよ。二人のキューピッドとしては、これくらいしないとね。それでベルゼブブの調子はどうなの?」
 「うむ、つわりが酷いみたいだな・・・」
 「そうなんだ。早く落ち着くといいね」
 「あぁ・・・」
 心配なのか、「心ここに在らず」なルシファー。
 (初めての子供か・・・)

 慌ただしく走ってくる魔族の兵士。
 (何だ、こんな時に・・・)
 「ルシファー様、報告いたします。辺境の村で魔族同士が抗争しており、甚大な被害が出ております」
 彼は、ベルゼブブのことが気になっていた。側にいてやりたいのだと雰囲気を察した。
 「ルシファーは、ここに残りなよ。代わりに、そこへ行ってくるよ」
 「いや、しかし・・・」
 「側についていてあげなよ。私のことは心配無用。それに暴れたくってしかたがない者を誘って行くからね。大丈夫だよ」
 「・・・そうか。では、頼んだぞ。オテロ」
 「うん。それじゃあ、行くよ。兵士さん、案内してもらえるかな?」
 「ハッ! オテロ殿」
 兵士は振り向くと部屋を飛び出した。
 (アドラメレクを誘うか・・・)

 辺境の村へ向かう前に、一旦、宿屋に立ち寄った。
 「それで・・・アタシをどこへ連れていくのさ」
 アドラメレクに助っ人の依頼をした。
 「辺境の村だよ」
 「嫌よ。何でアタシが・・・」
 「仕方がないだろう。ルシファーもベルゼブブもダメなんだから・・・」
 「・・・ところでヤツとは会えたの?」
 「いや、会うつもりだったんだけど・・・」
 「そう・・・」
 何だか一瞬、寂しそうな顔をしたように見えた。
 「つわりが酷いみたいだよ」
 「・・・オテロ、行くわよ」
 「どこに?」
 「何を言っているのよ! 決まっているでしょう。辺境の村よ! 置いていくわよ」
 (さっき、嫌だと・・・)
 やはりよく分からない。女性の扱い方。アドラメレクだけが特別なの?
 「・・・う、うん。行こう!」
 私達は辺境の村へ急いだ。

 辺境の村に到着。
 村は悲惨な状態だった。家は破壊もしくは焼失。田畑は荒れ、踏み倒されていた。逃げ遅れた人も犠牲になっていた。辺りから異臭がする。人の焦げた臭い。鼻につく。中にはカラスがつついている死体もあった。
 「酷いわね・・・」
 アドラメレクは口を押さえて、現状を見ていた。
 「うん。どうしてこんなことに・・・」
 魔族同士の争いに巻き込まれるのは、いつも弱者の人間だ。老人や子供など、一人では逃げられない者から巻き込まれる。まるで虫ケラのように命が亡くなる。
 (またか、救えない命が・・・)

 亡くなった者達を埋葬した。今できることは、それだけだった。手を合わせて祈った。
 (いつか、この世界に平和が訪れますように・・・)
 「この村に用事はないわね。帰るわよ」
 「う、うん・・・」
 後味が悪いが、どうすることもできない。村を去った。

 私とアドラメレクは報告するために、ルシファーの居城へ向かった。
 「いいかい、アドラメレク。ベルゼブブは大変なんだから労ってあげてよ」
 「分かっているって、ちょっと顔を見たら帰るわよ」
 「約束だよ」
 (本当かな?)
 いつもの二人を見ていたら、信用できなかった。
 顔を見れば、何かにつけて争っている二人。
 (仲がいいと思うのだが・・・)
 流石に今日は喧嘩しないよね。無事に帰れますように・・・。

 不安的中。
 顔を見るとこの二人は・・・。
 「・・・アドラ」
 「・・・らしくないわね! シャキっとしなさいよ」
 (いや、労ってと言ったよね・・・)
 「・・・ふっ、みっともないところを見せたな。もう大丈夫だ」
 意地っ張りなベルゼブブ。闘志剥き出しの表情。
 そこにルシファーが入ってきた。
 「大丈夫なのか・・・」
 「えぇ、アドラのおかげで・・・」
 「・・・そうか。だが、無理をするなよ」
 (何だよ。その表情)
 いつもは無表情で眉間にシワが入っている。そんな顔しか見たことが無かった。
 今の顔は優しい。かつて天使長と言われた男の表情だろう。二人の間に割り込む隙間は無かった。すぐに私とアドラメレクは邪魔者だと理解した。
 (幸せにね、お二人さん)
 「それでは私達は、そろそろ帰るよ」
 「スマンな・・・」
 「いや、いいんだ。気にしないでよ」
 私達は居城を後にした。

 それから時は流れ・・・。
 居城に来ていた。出産祝いを届けに来たのだ。
 「おっ、ジュニアが笑った」
 「・・・本当ね。あなた」
 「息子には平和なこの世界を受け継いでもらいたいな」
 「そうね」
 「・・・二人とも気が早くないかな? まだまだこの世界での戦いは終わらないよ!」
 「あぁ、分かっているさ。今のは新たな決意だ。オテロも、冒険するだけでなく、たまには仕事を手伝ってくれるのだろう?」
 「・・・たまにはね」
 そう答えた。
 そうでもしないと役所勤務となってしまう。仕事は向こうの世界だけで十分だ。こちらの世界では、気ままな旅をこれからも続ける。

 神に選ばれし男、ルシファー。この世界のことは、彼が何とかするだろう。
 それを遠くから見守るだけだ。私には、次の冒険が待っている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み