第1話

文字数 770文字

 ここは不倫女の家。「美味しいピザを焼いたから来て」と連絡があり、のこのこやって来た。

 都内にあるタワーマンションだ。不倫女は自称事務職。事務職では住めないような家に住んでいるが、その点はスルーしておこう。おそらくパパ活でもやってる女かと思れるが、不倫相手の私生活なんてどうでも良い。

「え、ピザってパイナップルのか」

 広いリビングのテーブルの上。そこには、パイナップルが乗ったデザート風のピザだった。マルゲリータや照り焼きピザを想像していたので、少し驚く。

「そうよ。文句ある?」
「いや、別にないけど」

 一応食べる。まあ、不味くはないな。かといって毎日食べたい味でもないかな。甘すぎる。口の中がベトベトしていた。

 俺は大きく売れてないとはいえ、一応ミュージシャン。体力勝負の仕事で、こんな食事が毎日続くと想像すると、嫌なもんだ。

 思えば不倫は、甘くて美味しいところだけを都合よくいただく行為だった。目の前に生身の人間として不倫女がいるわけだが、ポルノと大差ないわな。別にこの女が実在しないAIでも一向に構わない。

 ただ妻は……。

 大して美味しくもないパイナップルピザを齧りながら考える。

 妻が作った地味なご飯が目に浮かんだ。白米、味噌汁、納豆、糠漬け、焼き鮭など。糟糠の妻だとか笑われていたが、あいつは別に気にせず、こんな食事を毎日飽きずに作っていた事を思い出す。

 妻の地味なご飯だって決して美味しくはない。飽きる。つまらない。でもあいつの飯を食いはじめてから、身体は健康になったよな……。

 頭の中では、妻が作ったご飯の数々が駆け巡る。

「いや、もう帰るわ」
「えー!? ちょっと待ってよ!」

 不倫女の文句を無視し、家に帰る事にした。毎日地味でパッとしないご飯。低刺激でつまんないご飯。それでも、今の俺の骨や血肉になっている事に気づいてしまった。
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