第1話 僕とリエちゃん

文字数 2,519文字

 ガラガラと音がして、ドアが閉まる。
 モーターがうなりを上げ、電車が動き出す。
 ラッシュアワーが終わり、空いている車内。
 カタンカタンと規則的なレールの音。
 横に窓の外を眺めて座っている女の子は視線に気づいて僕に笑顔をみせた。
 僕たちの小さな冒険の始まりだ。

 僕は高井朋広(たかい ともひろ) 小学3年生、隣に座っているのは同級生の対島利枝子(つしま りえこ)、僕はリエちゃんと呼んでいる。
 僕がリエちゃんと初めて出会ったのは小学校の入学前検診の順番待ちの時。
 母親同士が意気投合したこともあり、促されるまま友達となった。
 偶然は重なり、同じクラスとなった僕らは自他ともに認める一番の仲良しになり、彼女は笑顔で何かと世話を焼いたり、励ましてくれたり・・
 更には1年生の時のある出来事を経て、僕にとっては友達を超えたどんな時も側にいてほしい、とても大事な存在となっていた。
 僕たちが入学して数か月が経った頃、クラス内のトラブルで僕は登校拒否になった。
 ある日、家に引きこもって出てこない僕をの家に担任が家庭訪問に来ることになったが、その時、彼女は志願して担任の先生と一緒に家に迎えに来た。
 「トモ君、大丈夫だよ、私と一緒に行こう!」
 押し入れにこもっていた僕を引きずり出しながらそう言った
 暗闇に光を背負って現れた彼女の笑顔は忘れようとしても忘れられない。

 そんな関係は3年生のクラス替えで別のクラスになっても続いている。
 とは言っても、この頃になってくると同級生の目も気になってくる。勉強もスポーツも完璧、そして可愛い。学校でも№1の人気を誇る彼女と、同級生の目を気にせずいられる時間は学校内ではまったく無い。
 ただ、下校の時だけは二人で一緒に帰っていても何か言われる心配はない。
 片道3キロもある僕の通学路のちょうど中間点に彼女の家がある。一人で歩くと長く辛い道のりだけど、彼女と一緒の時はもっと長ければいいのにと思う。
 そんな夏のある日の帰り道、今日も二人で一緒に歩いている。
 一人で聞くと暑苦しいだけの蝉の鳴き声も、心地よい音楽のように聞こえた。
 「お母さんが今日も一休みしていきなさいって。寄っていけば?」
 「いいの?ありがとう」
 下校途中、ときどき彼女の家に寄っては、一休みするのがこの夏の習慣になっている。
 お母さんの笑顔と共に出されるジュースは二人で飲むと特別甘く、おいしく感じる。
 「星の砂のペンダントの話、したよね?」
 もちろん聞いている。
 少し前に彼女が何かの本で見つけ、気に入っているアクセサリーのことだ。
「売っているのを見つけたの、日曜日にお小遣い全部持って行って買うんだよ。」
「月曜日に見せてあげるね!帰りの会が終わったら校門で待っていて、約束だよ。」
 僕の返事も耳に入っていないくらい珍しく舞い上がっている。
 どんな事であれ、彼女の満面の笑顔を見るのは、心の底から嬉しいことだった。

 そして月曜日、僕は急いで校門に向かった。
 しかし、彼女はいない・・・待っていても、一向に来ない。
 1時間くらい待っただろうか、通りかかった彼女のクラスメートに聞くと、今日は欠席。ここまで皆勤、病気や怪我とも無縁な彼女にしては珍しいことだった。
 そのまま火曜日も水曜日も欠席、病気?怪我?心配で居ても立っても居られなかった。
 そして、水曜日の帰り道、僕は彼女の家の前にいた。
 緊張で震える手でチャイムを鳴らそうとしたとき、いきなりドアが開いた。
 瞼に光が瞬くのと、素っ頓狂な叫び声が上がるのは同時だった。
 「ごめんなさい!大丈夫?」
 痛みに頭を抱えた僕の目の前に彼女のお母さん、その奥に本人が立っていた。
 痛みを忘れてしまうような暗い表情で・・・。
 「リエちゃん・・」
 僕が声をかけるや否や彼女は階段を駆け上がっていった。
 「ちょっと、高井君が来てくれたのにどこに行くの!」
  お母さんが階段の上の部屋に声をかけるが、反応はない。
 「ごめんね、心配して来てくれたのでしょ」
 「はい、リエちゃんが何日も休むなんて、何かあったのかと思って。」
 「心配してくれてありがとう。ただね、あの子、高井君に会いたくないって言っているのよ」
 この一言で、顔から血の気が引くのが自分でもわかった
 何か、何か嫌われるようなことをした?・・心当たりは全くない。
 彼女を傷つけるようなことは絶対していないという自信がある。
 でも、何か気に障ることをしたのかもしれない・・思いを巡らせているうちに目の前が真っ暗になりだした。
 へたり込んだ僕の真っ青な顔に気づいたお母さんは、僕を玄関に座らせ、説明をしてくれた。
 「高井君が嫌いになったとかじゃないのよ。」
 「あの子、星の砂のペンダントを買うって話をしていたと思うの。」
 「月曜日に見せてくれる約束だったです」
 「日曜日に一人でアクセサリー屋さんに行って買ったの‥でもね、帰り道のどこかで無くしてしまったらしいの。」
 「お店から家まで歩いて何度も探して、もちろん交番にも行ったのだけど、全然見つからなくて・・・あの子、ずっと泣いているものだから、同じ物をもう一度買ってあげることにしたのだけれど、買ったお店にも他のお店にも売ってなくて・・特殊なもので取り寄せもできないらしいのよ。」
 「あきらめて帰ってきたのだけれども、今度は家から出ようとしないの。高井君に会えない、会いたくないって言って」
 僕の顔色をうかがいながらお母さんは付け加えた。
 「少し元気になってきたから、明日には学校に行けると思うのよ。今日は来てくれてありがとう。」

 お母さんに見送られ、少し歩いてから振り返ると、彼女の部屋の窓が開いていた。
 しかし、彼女の姿は見えない。
 彼女は落ち込んだ時、嫌なことがあった時には、窓のそばに座って、空を見ていると言っていたことがあった。
 今も座っているに違いない。
 僕にできることが何かあるようには思えなかった、でも、何かしなきゃ、何か言わなきゃダメだと思った。
「待ってて! 僕がリエちゃんのペンダントを見つけるから!」
 窓に向かってでっかい声で叫んだ。
 反応は何も無い。
 でも僕は決めた。
 もう一度、あの太陽のような笑顔を取り戻すって。
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