第1話

文字数 1,210文字

 一人で来た喫茶店にて、コーヒーを飲んでいると仲睦まじげに食事をする男女の姿が目に入る。

 先程の2人が少し羨ましくなってしまった私は喫茶店を出た後で、彼に電話を掛けてみることにした。
いきなりの電話にも関わらず彼は、すぐに出てくれた。
「もしもーし」
安心できる、彼の声。

「いきなりごめんね。今日の夜って、予定あるかな?」

「特にないけど、急ぎ?なんかあった」
「ううん。けど、たまには一緒にご飯食べたいなーって思って」

「そっか。全然空いてるからいいよ」
続けて彼は言ってくれた。
――せっかくだから俺が作ってもいい?

「え、むしろ作ってもらっていいの?」
彼の料理が食べられる。そのことが、つい嬉しくなってしまい、思わず声が上擦った。

「うん。俺も、たまには誰かに食べてもらいたいし」
「……楽しみにしてます」
少し照れくさくなりながらも一言返す。
「じゃあ、夕方くらいに買い物してから行くね」


18時16分 インターホンが鳴った。
モニターを確認して、応答する。

野菜等の入ったエコバッグを片手に持った彼を招き入れる。
「さっそくだけど、お願いできる…?」
「任せて」
キッチンに案内すると彼は手を洗い、持参したエプロンを結ぶ。

「誰かにご飯作ってもらうの、久しぶりだなー」
 間延びした声でキッチンに立ってくれている彼に話かける。

私がやったことといえば、お米を研いで炊飯器のスイッチを押したくらいだ。
「お米、炊いといてくれてありがとう。俺の料理、食べたくなったらいつでも頼っていいからね」

「なんか、やることある……?」
余計な事だと叱られるのはごめんなので控えめに聞いてみる。
「じゃあ、レタスちぎってて」
子供でもできそうな作業を任されてしまったが、手伝える事があるならそれでも十分だ。

「そろそろいいかな」
 白くて丸みのあるお皿。
その中央にご飯を盛り、周りを囲むようにビーフシチューがかけられる。
私がちぎったレタスや、くし切りにされたトマトなどが入った彩りの良いサラダの入った木製のサラダボウル。
ワインボトルを入れるバケツなどはなかったため、氷水を入れた鍋に溺れている赤ワインのボトル。
同じテーブルに並べられれば、一気に華やかだ。

「ワインなんて、初めてかも」
 20歳を超えてもワインだけは呑んでこなかった。
酔いやすそうな印象のせいだろうか。

「えっ、もしかしてグラスも買ってくるべきだった?」

「そういえば頂き物のがあったはず」
ちょっと待ってて、と言いながらキッチンの隅にある戸棚を開けてみる。
思い当たる化粧箱を開けてみると、中身を確認しただけのワイングラスを見つけた。
「あったよ」
ワイングラスを並べ、テーブルとセットの椅子に着席する。

「普段は?お酒とか呑む?」
目はグラスに注がれてゆくワインを見ているが、口では尋ねてくる彼。
「缶チューハイとかなら呑むよ」

グラスに注がれたワインが二人分揃った。
乾杯をして、いよいよ実食だ。

「どう?」
「美味しい」
自然と笑みが溢れた。
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