文字数 1,723文字

月を舞台にしたゲームを作りたい。そう思った私が、休日に色々と調べていた時である。
「月の住人たちとお話ができます」
そんな文章と共に、一つのアプリが紹介されていた。「ムーンチャット」と言うらしい。

自室の窓から見える月を眺める。だいぶ前から、月ではロボット達が働いているらしい。
らしい、と言うのも、私がしっかり理解してないから。とりあえず人間はいないらしい。
月の事を理解する良いチャンスかも……。そう思った私はアプリを使ってみる事にした。

アプリを起動すると、ずらっとアイコン達が並んだ。どれも、人間にしか見えない顔だ。
全部ロボットなんだ……。その中で「ゲームを作りたいです」という紹介文を見かけた。
この人。ロボットも、ゲームを作りたがってる。私はこの人に話しかけてみる事にした。

こんばんは。とりあえず、それだけをキーボードで打ち込み、送信してみた。緊張する。
「こんばんは。メッセージありがとうございます!」
すぐに文章で返信が来た。私はこんばんは、しか打ってないのに丁寧な人、ロボットだ。

月を舞台にしたゲームを作ってみたいんです。そのためにも月の事を知りたいと思って。
そう伝えると、数秒もかからないうちに、というか一瞬で返信が来た。さすがロボット。
「なるほど! わかりました。僕があなたの力になる事ができれば、嬉しく思います!」

その日から月の住人。ゲームを作りたいという同志、ロボットとのやり取りが始まった。
彼は、私の知らなかった、ネットでは調べる事のできなかった色々な事を教えてくれた。
そして、私も、彼が知らない地球の事を色々と教えてあげた。彼はとても感心していた。

彼とのやり取りが始まってから約1年の月日が経った。ゲームは、もうほぼ完成に近い。
自室の窓から見える月を眺める。今晩は満月だったよ。そう打つと、珍しく返信が遅い。
遅いと言っても1秒ほどなのだが、私は彼の細かな心の動きもわかるようになっていた。

約1年の彼とのやり取りは、ゲームのデータを送り合う以外は、ずっと文章のみだった。
声を聴いてみたいとお願いした事もあったが、そのたびに恥ずかしいから、と断られた。
そんな恥ずかしがり屋の彼が、今晩に限ってはあきらかにおかしい。一体どうしたのか。

どうしたの? 何かあった? そう尋ねると、数秒の時間を経て、返信が送られてきた。
「遠い惑星への調査員になる事が決まりました。あなたとお別れしなければなりません」
文章から。目の前の、文章だけの世界から。彼の悲しそうな顔が見えたような気がした。

遠い惑星への調査員……? お別れ……? そんな……まだ、ゲームは完成してないよ。
「今のあなたなら、もう一人で完成させる事ができます……! あなたは、がんばった」
惑星の調査員の任務期間は、ざっと数百年はかかるらしかった。本当に、お別れなんだ。

悲しそうな彼に何を言えばいいか、わからない。言ってあげればいいのか、わからない。
それでも、最後に。私は、自分の声で。彼に今までの感謝の気持ちを伝えたいと思った。
あなたは声を出さなくてもいいから、通話をさせてほしい。お願いします。そう伝える。

「わかりました」
数秒後、通話モードに入った。妙に気恥ずかしくなり、私は「もしもし」とだけ言った。
「モシモシ」

あきらかにロボットだ、とわかる機械的なざらついた音声。これが、彼の声だったんだ。
わりと良い声じゃない。私は彼を励ますような口調で、そう伝える。うん、悪くないよ。
「アナタニ、キラワレルト、オモッテマシタ……」

嫌う事なんてないよ。今までありがとう。あなたのおかげで色々な事を知る事ができた。
「コチラコソ!」
遠い惑星への出発まであと1時間も無いらしい。何でもっと早く言ってくれなかったの。

「イツモドオリノ、アナタデ、イテホシカッタ」
伝える事で、変に気を使われるようになるのを恐れていたらしい。わかるけど。だけど。
「ソロソロ、オワカレデス」

彼の音声のほうで、高速でキーボードを打ち込む音が聞こえた。と同時に文章が現れた。
「地球が綺麗ですね」
それを最後に通話が。そして、ムーンチャットが終了した。私にも何か言わせてよ……。

自室の窓から見える満月を眺める。今晩は本当に。本当に、綺麗な月だ。
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