渋柿の長持ち

文字数 1,655文字

『憎まれっ子、世に憚る』

いや、これじゃない。

『馬鹿な子ほどかわいい』

うん、合ってるんだけど今はこれじゃない。


『渋柿の長持ち』


ちょっと違うけれど、多分これが一番近い。

そう思いながら背中を撫でる。
その後ろ姿は、すっかり白ボケてしまった。

「な~んも出来んでええよ。だから長生きしてな?」

スピスピと膨らんではしぼむお腹。
その何でもない動きが愛おしい。

一人目の子はとても賢かった。
一を聞いて十を知るとまでは言わないが、一度教えれば理解した。
似たような状況でも、こちらの反応を見て、どうすべきか理解した。

暴れも騒ぎもしない。
穏やかで利口で、優しい子だった。
何も言わずに寄り添ってくれる、優しい子だった。

だがそんな天使みたいな子だ。

神様に気に入られてしまったのだろう。
早々に空に帰って行った。

その悲しみからやっと顔を上げた。
そして二人目。

つまり君だ。

一人目の子と同じ名前を付けた。
心無い人が「同じ名前は同じ運命になる」と言ったけれど、私は一人目の子がこの子を守ってくれると信じていた。

そして今年で16歳。

笑っちゃうくらい長生きだ。
一人目の子が守ってくれてるからというのもあるのかもしれないけれど、多分、それ以上にこの子の特性なのだと思う。

『憎まれっ子、世に憚る』

うん、ここではそれが合ってる。

君は本当、来た瞬間から一匹目のお兄ちゃんとは全く違った。
あちこち齧る。
本当、びっくりした。
一匹目のお兄ちゃんしか知らない私は、同じ犬なのかと仰天してしまった。

君は靴もスリッパも、ソファーもクッションもみんな駄目にした。

ピアノの足も齧ったね?
未だにその無残なピアノはそこにある。

でも壁を齧ったのには度肝を抜かれた。
どうやったら凹凸もない真っ平らの壁を齧れるのか……。
本当に君は凄かった。

よく文句を言い、よく暴れ、静かだと思うと何かやらかしている。

その度に色々教えても、君は覚えなかった。
何度教えてもなかなか覚えなかった。
教え方が悪いのかと私は毎日たくさん勉強した。

最終的にかかりつけの先生に、

「性格ですね。」

と言われてしまった。
ああ、性格なのか、なら仕方ない。

君はお兄ちゃんとは違う。
全く違う。

おバカで、ドジで、やんちゃで、弱虫だ。

でも、だから……。

『馬鹿な子ほどかわいい』

そう思った。

君のお兄ちゃんをとても愛していた。
でも、君の事だってうんと愛している。

どこかで読んだよ。

お金や物には限界がある。
でも愛情はどんどん湧いてくるんだから、子供が求めるだけ惜しみなくあげればいいって。
育児の話だったけど、私は君にも惜しまなかったよ。

君は本当に、おバカちゃんだった。
お兄ちゃんとは全然違った。

だからこそ愛おしかった。

お兄ちゃんも君も。
全然違ってどっちもとても愛おしかった。

君が君でいてくれるから。
お兄ちゃんの代わりではなく、君だから。

だからこんなにも愛おしい。

君は本当に、おバカちゃんだ。
お兄ちゃんの出来ていた事、何一つできない。

それでいい。

何もできなくていい。


だから、長生きしてね。


何でもできたお兄ちゃんが唯一できなかった事。

君は他の事はなんにも出来ない。
でもそれでいい。


君は長生きしてくれれば、それだけでいい。


それだけで君はパーフェクトなんだ。
どこの誰よりもパーフェクトだ。

お兄ちゃんにも負けない、パーフェクトな子なんだ。


16歳。


耳も遠くなって、近づいても気づかなくなったね。
目も真っ白になってしまった。
体だって白ボケて。
全体的にボリュームがなくなった。

まぁ、それは君だけに言えた事じゃないけど。
私の毛並みも、随分ボリュームダウンした。

君は寝てばかりいる。
あんなにやんちゃに走り回っていたのが嘘みたいだ。

でも、そんな穏やかな日々を君と過ごせて私は幸せだよ。


『渋柿の長持ち』


君は秀でて何かできたりなんかしなかった。
ドジでおバカで気弱な子だった。

お兄ちゃんと違ってなんにも出来ない。

でもそれでいい。
それがいいんだ。

君は何もできなくていい。



だから、長生きしてな。



ずっとは無理だろうけれど。

それでも一日でも長く、君との日々が続きますように……。
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