パン屋の神様。

文字数 2,992文字

「てんか」という言葉をしっているか。

いや、「添加」じゃない。それはあれだ、色つけたり、腐らないようにするやつだ。

オレは「天下」にいる。てっぺんだ。

だから、下のやつらのことがよく見えるんだ。
人間のことも、オレたち、パンのことも。

オレは人間じゃない。オレはクリームパンだ。

しかも、ただのクリームパンじゃない。
なんてったって、LEDライト搭載(とうさい)のクリームパンだ。

うちのパン屋のオーナーが、なんというか、変わってるんだよ。

「どこにもないパン屋にする!」
という宣言までは、いいとして。

新商品? 看板メニューの開発? ぶっとびパフォーマンス?

ぜんぜんちがう。・・・・・・いや、どれもまあ、かすりはしてるか。

さっき、オレは上を見ろって言ったよな。で、あんたは今、見てくれた。
あんた今、なにこれ、って思っただろ。じつは正直、オレも言いたい。

うちの店内には、五つ照明ライトがある。どれも、パン達を引き立たせるよう、計算された角度で光を当てている。そういうところは、あのオーナーは気が利いている。

問題は、その照明ライトうちの一つ、特に大きいやつ・・・・・・つまりオレなんだが、どうしてこうなったんだろうな。

今あんたが見ている通り、照明ライトのオレは、特大クリームパンのかたちなんだよ。

天井から「天下」を見下ろす、キラキラ光るクリームパン。シュールだ。
それでいてうちの看板商品は、先月から自家製牛カレーパンなんだから、シュールも通りこして、笑えるだろ?

ああ、そもそもなんで「クリームパン」なのかって?

悪いが、それはオーナーに訊いてくれ。オレからはあいつが「変わっている」としか、言えない。というか、言いようがない。

たまーに午後の微妙な時間にやってきて、店員相手に「ゲキレイ」をするくらいしか、あいつについては知らん。ああ、そういえば顔が売れ残ったときのピロシキに似てるな。

まあ、オレのことはどうでもいい。あのオーナーのことは、もっとどうでもいい。

今、オレはあることでちょいと・・・・・・
ウズウズするというか、ムズムズするというか・・・・・・
「あああ、もうっ!!」って感じで、できれば今すぐ動きたい状況だ。

なにかっていうと、今は午後六時半だ。閉店三十分前ってことだな。

ということで、入口ヨコの二段目を見てくれ。
見ての通り、「自家製クリームパン」「バニラクリームパン」、その他、オレたちは完売している。当然だ。

問題は、その左斜め下の、一段目のやつだ。

「ジャムパン」

まわりがやたらと「自家製」だの「特製」だの、メロンだの北海道だの、売り文句をつけたプレートを掲げているのに、開店当初からある地味なそいつは、いつのまにか隅に追いやられてしまった。
しかも、明日からは焼かれないことになっているというのを、オレは昼に知った。

それでも、今日、残った「ジャムパン」は、六個焼かれたうち、あと一つ。
ただ、そのひとつが、四時過ぎの客を最後に、売れない。

あああああ・・・・・・

あれだ、これは「やきもきする」ってやつか!?

他のやつはまだいい。総菜系のやつ《パン》らは厳しいが、メロンパンだのフランスパンだのは、「昨日の売れ残り、お得です」で、まだ()ってもらえるからな。

ただなあ、あいつ《ジャムパン》は最後の日だぜ。
そのフィナーレが、「昨日の売れ残り」扱いってのもなあ・・・・・・。

開店したときからいるオレとしては、なんともいえない気分が、ふくらんできるわけよ。

ちっ、もう四十五分に近いじゃねえかよ。「ホタルノヒカリ」まで流れ出したぞ。

総菜パンにとっては終末の音楽だが、今日も幸い、あいつらはほとんど残っていない。店員はだんだんと片付け準備に入っている。

おいおい、勘弁してくれよ・・・。
あいつ、オレの同期なんだよ・・・。

くそ、人間に化けておまえを買いに行きてえ!と、これほど思ったことはねえ。
たまに地味だとかいうやつがいるが、そういうやつにはしんぷる・いず・べすとっていう魔法の言葉を、オレが直々に聞かせてやる。
・・・・・・すまん、つい’熱くなっちまった。漏電するとヤバい。

カランカラン・・・・・・

そのときだ。

天のさらにうえの天への願いが通じたのか、客だ!

くたびれた背広姿の、中年のおっさん、というより、じいさんに近い。
パン屋に入り慣れてないのか、トングとトレーをうろうろ取って、きょろきょろしている。

「ブリティッシュ」だの、「プレッツェル」だのの前で、いちいち説明文を読んでいるようだ。どうも、それが何なのか想像がつかないらしい。

・・・・・・しめしめだ。
あのくらいの年代って、「セダイ」って言って「ジャムパン」買っていくの、見たことあるぞ?

おい、あんた。オレは「天下」のクリームパン、LEDライト搭載だって言ったよな?

だからよ、こんなこともできるんだぜ? まあ見てな。

・・・・・・わかるか? ああそうだ、あいつを優先して照らしてるんだ。
ツヤツヤに見えるだろ? 輝いて見えるだろ?

いいか「ジャムパン」、これがお前に、オレからの華麗なる(はなむけ)だ。
ここで大逆転、感動のフィナーレ! ・・・・・・って、お?

おい、じ・・・じゃなくて、おっさん!?
この期におよんで、ピロシキとサンドイッチのチョイスか!?
濃くねえか!?
つーか、さっきこの棚の前、通ったよな!?
「セダイ」じゃねーのか!? ピカピカはいやか!? 

オレの嘆きだか叫びだかは、当然聞こえない。
おっさんは、着々とレジに向かっている。店員も、袋を準備している。

終わった・・・・・・・。

「お父さん!」

「ああ、フユコ。どうした」

気がつかなかったが、いつのまにかもうひとりおばさんがいた。

「もう、六時半には帰るって言ってたじゃないの」

「おお、すまんすまん。ちょっと腹が減ってな」

「そんなこと言って、夕飯入らなくなったら意味ないでしょう。作るこっちの身にもなってよ。あら?」

おばさんが目にしたのは、ツヤツヤに光る「ジャムパン」。

「懐かしいわね。私、最近の長ったらしい名前のパンはわからないけど、まだこういうのもあるのね・・・・・・」

お? お? お?

「もう、いいわよ。私もこれ、買っちゃうから」

おおおおおおっ!!!

やってやった、奇跡じゃねーか、どんでん返しだ、
なあ、オレ、パン屋の神様、自称していいか? いいよな、今日くらい!
だって「天」にいるんだからな!

くそう、嬉しすぎてこっちまでなんだかピカピカしちまうぜ・・・

レジ袋に包まれたそいつを、入り口を出ても見送ってしまう。

あばよ、相棒(ジャムパン)・・・・・・。

ああ、今日はマジで疲れた。なんか、チカチカしちまいそうだぜ・・・・・。
そろそろオレも、お(ねむ)の時間か・・・・・・。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「長い間、お疲れ様だったなあ、こいつも・・・」

業者の作業を見守りながら、パン屋の店長がつぶやく。その手には、LEDライト搭載のクリームパン。閉店作業をしていた店員が言う。

「最近それ、なんか光も弱くなってきてましたよね・・・・・・さっきはチカチカ点滅までして。お客さんが帰ったあとだったからよかったですよ」

「確かに、危なかったですよね。ちょっとヒヤヒヤしてましたよ。いくらもつといっても、時間には勝てませんね。本部から二代目が来るんですよね?」

「ああ。なんだか名残惜しいがね」

店長は

を受け取り、その表面をそっとなでた。
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