第1話

文字数 1,012文字

 10月、ツキノワグマたちが緊急集会をひらいた。今年の秋は山の実りがとても少ないのだ。

 若いノンが力強く言った。
「オレたちは明日旅立つ。西の山に、うまいブドウがたくさんなっているんだ。」
年老いたイチがうなづいた。
「わしらもヒヨドリからきいた。やまぶどうの10倍ほど大きなブドウだと!」
ノンが立ち上がった。
「明日ひっこすものは、夜明けにここへ集合だ。」
すると、まだ子どものダフクが小さな頭をふってさけんだ。
「そのブドウ、人間のものでしょ?」
ダフクの母はこの夏、人間の畑へ行ったきり帰ってこなかった。
みなしんとなり、ノンは低くうなった。
「オレだって人間の畑に行きたくない…でもとっておきのキノコも、人間がぜんぶひとりじめしちまった。オレたちだってブドウをとっていいじゃないか?」
クマたちのほとんどが、ノンの引越しに賛成して立ち上がった。
「そうだ!この山じゃもう暮らせないさ!」
 
一人残ったダフクは、山を歩き回った。
「もう一度、食べ物を探してみよう。何かあるかもしれないもの。」
でも、夕暮れ近くまで歩いて見つけたのは、ひからびたアケビだけ。
 
 つかれきって休むダフクの全身に、緊張がはしった。
(人間だ!)
しわがれた声がすぐ近くではっきり聞こえる。
「あーあ、こんならんぼうなとりかたしたら、もう二度とキノコが生えなくなる…。ひどい人間がいるもんだ。これじゃ、山の動物が困っちまう。」
小さな女の子の声も聞こえる。
「山の動物たち、こまるの?」
「今年は夏の長雨でドングリやヤマブドウがほとんどないんだ。キノコまでこんなふうにねこそぎ取ったら、冬眠まえのクマたちは特に大変だ。」
「クマさんかわいそう…。じいちゃん、ユキ、いいことおもいついたよ!」
ダフクは足音をたてないように、そっと二人のあとをついていってみた。

(やっぱりやめようか…。)
山と村の境目にある杉林で足をとめたダフクは、柿の木を見てはっとした。
(うわあ!どうして!きのうは全部実がなかったのに…。)
 おそるおそる一つ食べてみて、ダフクは目を丸くした。
「すごく甘くて、美味しい!」
ダフクは夢中でいくつも食べた。柿といっしょに、5才の雪がおぼえたてのひらがなで書いた手紙もゆれている。
「くまさんへ じいちゃんばあちゃんとつくったつるしがき たくさんたべてげんきでね 」
(みんなにも分けてあげなくちゃ!)
 
 空に一番星がチカチカ光りはじめたとき、ダフクは息を白くして山をかけのぼった。
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