第1話

文字数 617文字

 僕は何のために生きているんだろう…

 学校からの帰り道、カバンを下ろし、蜘蛛の巣に絡まった蝉の抜け殻を手に取った僕は、ふとそう思った。僕は今の生き方を窮屈に感じている。

 三十分ほど前、終礼で進路希望調査用紙を配られた。「親御さんとしっかり話し合いなさい。」担任が発した言葉を反芻する。もっとも僕には、親と対等に話し合うことなんかできるわけがない。きっと医者か薬剤師一択だろう。そのためにこの学校の普通科の理数コースに入ったのだから。
 
 正直中二の頃、親からこの進路を勧められた時は、僕にはこの道しかないと思っていた。だから命がけで勉強して県内トップクラスの進学校へ入った。今思えば、あの頃の勧めは親の自分勝手の策略だったにしか思えない。だいいち今現在理数科目の成績は平均に近い横ばいなのに対し、文系科目が平均を上回り急激に伸びている。今日も帰ったら母の叱責が待っているだろう。
 
 おそらく僕は、まるでこの蝉のような、一生の大半を今課されている試練とみて暗闇の中で過ごし、やっと光が見えたと思ったらそこで命尽きるかのような、広漠とした人生を歩んでいくのだろうか。中二のまだ幼き心を親の策略により縛られて三年、高二になった今、他の道を考える余裕はもはやなくなってきている。

 だが僕には、そうだ、唯一心の支えとなるものが一つある。それをふと思い出した僕は、家まであと一キロの道のりを、セミの抜け殻を放り投げ、歩み出した。
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