雪解け

文字数 408文字

固く錆びた蛇口を三本の指でひねる
ギシギシと靴底に挟まれた
小さな虫のような鳴き声が響いた
その瞬間
春のようなお湯がつつと流れて
メガネの湾曲は一瞬で霞み
指先に触れる
淡い陽射しの思い出に
爪が桃色に染まりながら
涙の冷たさをようやく知った

自分の中の奥底にある
自分にとって一番遠い場所から
トントントンと
ドアを優しくノックする
心臓の鼓動が聞こえてくる
その音は徐々に膨らんで
太陽のように丸くなって
また自分の奥底に消えていく

ドアノブをひねるには
まだ春は遠いかもしれない
それでも凍りついて剥がれない皮膚をナイフ
 で切り取るように
誰かの足音がそっと近づいてくる
それは後悔に対する罪悪感だ
だからお湯の中で手を少しずつ
少しずつ動かしていく
昔と同じように
忘れることのできない悔恨を
そこに溶かして流すように
いま
心臓の中には
雪解けの風が吹いている
その音に
その匂いに
気がつけば無意識に
手でお湯をすくいながら
蛇口の錆びを洗い流そうと
手のひらには春が一杯だ
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