第1話

文字数 1,139文字

私の人生に光はなかった。むしろずっと闇。幼少期は父がギャンブルに溺れ、電気もガスもない暮らしをした。やがて「なんで父は帰って来ないのだろう」という問いが「なんで母は父を捨てないのだろう」という不満に変わる頃、母はわたし達を連れて家を出た。
しかし、その後の暮らしもずっと闇。母は病気がちになり、兄もギャンブルに手を出す始末。何日も食べない日が続き、やがて住まいも追われる羽目に。
その日ベンチで横たわっていると一人の男性に声をかけられた。
「大丈夫ですか」
どうやらこの辺で炊き出しをしている牧師らしい。私が「自分は何のために生きてのるかわからない。もう死にたい」とこぼすと、あたたかいお茶を差し出して「明日の朝九時。交番前公園で集会をします。炊き出しもありますので良かったら来てください」と言った。
翌日。公園には30分前から15人ほどのホームレスの人たちが集まった。中には薬物に溺れた人や、住まいを追われた人もいた。
牧師は全員にお弁当とトラクトを配ると「今日の御言葉」として、聖書の一節を読んでくれた。
またある時は『炊き出しの列に並ぶイエス』の絵を見せながら「このようにイエス様は私たちと同じところまで降りてきて、同じ目線で光を与えようとしてくださったのです」と言った。それを聞いたら何だかチカラが沸いた。家族が離散したことも忘れ。帰る家がないことも忘れ。聖書の言葉が真っ暗な未来に『光』を与えてくれたことは間違いない。
かくいう牧師も炊き出しを始めたのはトラクト配りがきっかけだったらしい。雨の日も、雪の日も、世間の視線が冷たい風の日も。牧師がトラクトを配っていたら、ホームレスの方たちが手伝ってくれたという。
「支えているように見えて、実は私もあなた方に支えられているのですよ」
牧師はそう言うとわたしに聖書をくれた。私はそれを読みながら涙が止まらなかった。私も誰かの支えになっているのなら。イエス様が光を下さっているのなら。天涯孤独な人生にも、生きる価値や、意味が、あるのかもしれないと思えた。
そして昨年。久々にふるさとに戻ると牧師はすでにお亡くなりになったと聞かされた。私は間に合わなかった時間の重さと受けた恩の深さに呆然とした。
だが彼がはじめた『集会』はまだあの公園で、ひっそりと、続いていた。彼の思いと、祈りも、一緒に。
今も聖書を読むと思い出す。あの公園で私たちを包んでくれた牧師のまなざし。そう。私たちにとって彼の存在こそ光だった。一番暗いときも、一番苦しいときも、未来を照らす光だった。

今なら 伝えられるだろうか。
聖書で私たちを救い、導いてくれた牧師に。
あの時はありがとうございました。私はこれからもイエス様と共に、あなたの思いを胸に、どんなに暗い道でも前に進んで行きます。
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