前編
文字数 3,063文字
出発した先で落ち合った冒険者達。一人は壮年の筋肉質な剣士。もう一組は異邦のドレスを着た女と粗末な奴隷服を着せられた少女だ。
「ナカゲ商会の代表チャン・リンファよ。よろしく」
嫌な顔をする男。奴隷を連れていること自体見ていて気分のいいことではないのだが、それ以上に重大な懸念点があった。それは彼女らが戦力になるかどうか。
商人の長とそれが飼っている奴隷。どちらも戦いとは縁のない立場の者達だ。今回の任務はゴブリンの討伐。対象自体はそこまで危険ではない。それでも役に立たない同行者と組むこと自体、失敗する可能性を跳ね上げてしまう。
「大丈夫、むしろこの子の前ではあなたが足を引っ張る側よ」
それはクロスボウのような武器。だがどこの市場でも見たことのない形状をしていた。
持ち手の手前にはドラム状の物体が取り付けてあり、銃身は骨のようなもので作られている。
見たことがない武器を持たされた少女。彼女の実力は未知数である。この武器によってベテランの彼にも負けない戦いができるとでも言うのだろうか。
「……まあいい、そこまで言うなら見せてみろ」
三人は注意深く森の中を探り進む。標的を見つけるまで、長くかからなかった。
そこに入った制止。指示と共に少女が武器を構えた。
「撃て」
命令と共に降ろされた引き金。共に無数の弾丸が飛び出した。
それらの一発一発がゴブリンを正確に打ち抜き、絶命させる。気づかせる間もなく。三匹をまとめて仕留めた。
「…………!!」
あっという間のことだった。年端の行かぬ少女がたった一人でゴブリンを全て仕留めた。武器自体の攻撃力もさることながら、狙いも恐ろしいほどに正確。
――この女はどうやら新製品の実験をしたくてこの依頼を受けたようだ。ベテランと同行したのはこの武器を見せつけ有用性を示すためだろう。
「これは……革命的だ」
「それじゃあまた市場で会いましょう。その時は宣伝よろしくね」
それから彼女らはこの竜骨弩のすばらしさを見せびらかすため、同じようにベテラン冒険者との任務に同行した。
無論皆が同じように驚愕し、その力を評価した。彼らの証言のおかげで竜骨弩の売り上げは劇的に伸び、近郊の魔物は次々掃討されていく。ナカゲ商会は文字通り戦場に革命を起こしたのだ。
「フフ、アッハハハ!」
行けと言われても動かない少女。
無言の泣き顔。失敗したら命に係わるような戦いを乗り越えて宣伝に協力したのだ。少しくらい分け前があってもいいだろうに。
だが目の前の女は己の私腹を肥やすこと以外に何一つ目を向けていない。
泣きながら出ていく少女。逆らえば生きていけない。あの女は仮に死んでも新しいものを買えばいいとしか思っていないから。
黙って主人をにらむ少女。今までと違い明らかに反抗的だ。
主人であるリンファに竜骨弩を向ける少女。銃口は正確に頭の方に向けてある。
物言わぬ亡骸に吐き捨てる少女。
――そう、彼女はその降伏を受け入れると共に、彼らの仲間に入れてもらったのだ。彼らを守ることと引き換えに、彼らを利用して食料と自由を得る。その選択肢が今、凶弾を放ったのである。
人を裏切り魔物側についた少女。だが彼女にとって、手を取り合った彼らはもう魔物ではない。これまでに自分を虐げた者達こそが本当に殺すべき魔物なのだ。
それからしばらく、工房とその人員を失った竜骨弩は人間の市場から姿を消した。そして今では使い方と作り方を覚えた魔物達が侵略のために用いている。全ては彼女の反逆のもたらした結果である。
幸いにも既に市場に出回った竜骨弩を解体し、コピー品の作り方を研究している技術者は多くいる。人間達がこの武器を再び自らのものにする日は決して遠くない。
だが今は正規品の工房が失われた混乱の最中。かつての需要を満たすほどの工房を再建することは、すぐにはできない。当面は勢いを伸ばした魔物達の快進撃が続くであろう。