東京五輪大成功!!

文字数 1,425文字

 観客も選手も……見渡す限り……誰もマスクをしていなかった。
 私はVIP席から閣僚達と共に世界各国から来た選手の入場行進を凝視めていた。
 気付いた時には、私は、ゆっくりと拍手をしながら涙を流していた。

「あの……そろそろ……開催するかどうかを決断しないと……」
 五輪委員会の会合で出たのは、やはり、その話だった。
「開催するに決ってるだろ。何を言ってるんだね?」
「で、準備は進んでますか?」
「なんで、そんな細かい事を組織委員長の私に聞くんだ?」
 多分、進んではいまい。
 あの伝染病の流行は終っていない。
 我が国の準備が整ったとしても、参加出来ない国が山程有るだろう。
 多分、開催は不可能だ。延期したとしても……来年は、もっと酷い状況になっている可能性も無視出来ない。
「1つ良い方法が有るのですが……」
「何だ?」
「これを御覧下さい。奈良時代から続く、あるお寺から送られたものです」
「おいおい、もう神頼みしか無いとでも言いたいのか?」
「駄目元でやってみましょう。これは、あの玄奘三蔵がインドより秘かに持ち帰り、ほんの一部の人間しか存在を知らない『ねくろのみこん』なる魔導書の日本語訳の一部です」
「魔導書?」
「はい……。これには……世界を好きに作り変える方法が載っています。あの伝染病を無かった事にする事も可能です」

 おかしい……齢なのか?
 これを持って来たのが誰なのか……思い出せない。
 それに、この御時世だ。会議もリモートでやってる筈なのに……。
 だが……これは実在している。
 私が現に読んでいる。
 和紙でも現代の紙でもない紙に……綺麗な手書きの字。
 いつの時代の「訳」なのだ? 古文など学生の頃に授業で読んだっきりの私にも内容が理解出来る。

「偉大なる太古の龍神……『ガジガジラ』神族の女皇……『スー・タイラノ・レジイナ』よ……。生贄と引き換えに……時の流れを変え、『今』を作り変え給え」
『はぁ……。またね? 面倒臭かねぇ……』
 その謎の文書に書かれた儀式を終えると、どこからともなく九州訛りの女の声がした。
『ところで、生贄って、何ば用意したとね?』
「えっと……鶏を一万羽ほど……」
『ちょっと少なかけど、そいで手ば打とう。ちょっと、あんたの頭ば覗かせてもらうけん……』
「はっ?」
『大体判った。あんたん時代に、あんたん種族の間で流行っとる伝染病ば無かった事にして、時ば1年ほど戻す。そして、あんたがやろうとしとる何とかちゅう祭を成功させる。けど、あんたと、あんたの仲間の今の記憶その他は新しい歴史でも引き継がせたい。そいで良かとね?』
「は……はい……」
『けど、生贄が少なかけん、あんたん願いは叶えてやっけど、アフターサービスまでは、やらんけん。よかね?』
「あっ……はい」

 願いは叶った。
 私の知る歴史に良く似ているが……あの伝染病が存在しない1年前の世界。
 そこに私と……共に東京五輪開催の為に戦い続けた首相を始めとした多数の仲間達は居た。
 オリンピックは何の問題もなく進行し……そして……首相がある競技の入賞者の首にメダルをかけた時……。
 何故か、首相は咳をした。

 そして、半年後。
 世界各国で……私が良く知っている……だが、この世界には無い筈の伝染病が猛威を振っていた。
 この伝染病の判っている限りの最初の死者は、オリンピック開催当時の我が国の首相であり……どうやら、オリンピックに参加した選手・観客・取材陣達が自分達の国に持ち帰ってしまったらしかった。
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