綺麗にします
文字数 1,999文字
「おはようございます」
「早いね」
「そっちもね！」
朝六時。商業ビルの清掃員の和美は玄関をモップで拭き掃除していた。本来の勤務時刻よりも早い時間。しかし彼女は誰もいない方が手早く済ませられるので会社に言わずに仕事をしていた。やがてポツポツとスーツ姿がやって来る頃には彼女は廊下の清掃に移った。
モップで行ったり来たりの掃除。社員の歩みを止めないように必死に動かすのだった。
「おはよう」
「おはようございます」
入居の大手ゼネコンの社員は和美が背中を見せていても必ず挨拶をしてくれるが、これに反しテナントの美容室の美容師はいつも眠そうなので挨拶なしが挨拶になっていた。
それよりも掃除に必死の和美は、各会社が始まる頃には管理人部屋で一息付くのだった。
同じ派遣会社の管理人は年金暮らしの老男性。彼女は父と同年代の彼と仲良く仕事していた。
「和美ちゃん。来週さ。嫁さんの親が施設に入るので私も休まないといけなくなったよ」
「ここは大丈夫ですよ。私が鍵を見ますので」
「済まないね。私なんか行かなくても良いと思うんだけど」
面倒臭そうな彼に行かないと奥さんに悪いですよと和美は笑った。
こんな部屋の小窓に仕事の声がかかった。不動産屋の紹介で、空きテナントを見にきた客だった。
「弱ったな。今から工事の人が来るんでここを離れるのは」
「私が行きますよ。お部屋を見るだけですよね」
和美は鍵を持ち、下見男を案内した。
移動の際、彼女は来店客達にテナントの場所を問われた。
「コスプレ美容室はあそこ。建設会社は上階ですけど。そこの階段からどうぞ」
「ずいぶん丁寧ですね」
「だってお客さんに入って欲しいですもの。この部屋です。どうぞ」
「……日当たりは、最悪、か」
バブル時のビルが再開発ラッシュの中。この古ビルは立地が良いので新ビルができるまでの仮店舗として人気があった。男は部屋の使い方を聞いてきたが、和美は専門外だった。
「不動産屋とオーナーに聞いて欲しいのですが。よければお隣さんの店舗を覗いてみます？」
「良いんですか？」
「ええ」
和美は気の良い指圧師に声をかけ、室内を見学させた。客は感謝し帰っていった。そして彼女は掃除を再開した。
各階にあるトイレ。しかし１３階ビルを一人で清掃の彼女は全ての掃除ができない。
そもそも会社が安い報酬で受けたこの仕事。洗剤代も少ない和美は汚れた箇所だけ清掃するしか術がなかった。そんな和美はまた床を見てため息をついた。
「また髪の毛」
この階は全て美容室。トイレ時に衣服の髪を落としてしまうのだろう。共同スペースの汚れだが
清掃に制限がある和美はこの毛に悩まされていた。彼女は悲しく掃除をしトイレットペーパーを交換し廊下に出た。
「すいません。あのこれ」
「ああ。トイレットペーパーね」
このビルは各階に備品を置く場がない。少しでも空きスペースを賃貸にする家主に立腹の和美は以前、トイレットペーパーのタワーを作った。が、誰かが床に落とし溶けてドロドロ事件となった。
さらに盗難もある。このため和美は各階の会社事務員にこれを預けていた。夜勤や休日も出社している彼らにとっても助かるため快く預かってくれるのだった。
こうして交換した和美はビル内をついでに点検する。施錠や異常ランプを確認するのは管理人の仕事。しかし広いビル内であり和美も通るコースだった。同様の話で管理人も今頃は他の階のトイレットペーパーを配っているのだった。
そして昼近くとなった。和美は勝手に勤務時刻を早めているが、帰ることはままならない。そこで早く来た分、一休みをし、帰宅する日常を送っていた。
そして管理人の休日となった。
「すいません。部屋を見たいんですけど」
「担当者が不在ですがもしよければ」
指圧店に電話で許可を得た和美は客を向かわせた。他にも工事の人に箇所を説明したり何かと気忙しかった。
「あ？トイレットペーパーを交換しないと」
慌てて各階に行くと、なぜか交換してあった。
「あれ？おかしいな。え？」
「どうも」
美容室の階の廊下。ここを美容師がモップをかけていた。
「いつも世話になってるんで。当番でやる事にしました」
「助かります」
そんな和美が管理人室に戻ると、先日部屋を見に来た男がいた。
「今日は管理人さんは不在で」
「そうですか」
部屋を借りる事にした彼は先に駐車場を使用したいと話した。
和美は場所を教えた。
「あの場所は誰の邪魔にもならないので、今だけどうぞ」
「助かります。あの、これ」
「なんですか？」
自社の製品だと彼はくれた。
「綺麗な石鹸……これを私に？」
「ええ。これからも。よろしく」
そんな古ビルの床は傷が目立ち壁紙は剥がれかけていた。
しかし、笑顔だった。
Fin
「早いね」
「そっちもね！」
朝六時。商業ビルの清掃員の和美は玄関をモップで拭き掃除していた。本来の勤務時刻よりも早い時間。しかし彼女は誰もいない方が手早く済ませられるので会社に言わずに仕事をしていた。やがてポツポツとスーツ姿がやって来る頃には彼女は廊下の清掃に移った。
モップで行ったり来たりの掃除。社員の歩みを止めないように必死に動かすのだった。
「おはよう」
「おはようございます」
入居の大手ゼネコンの社員は和美が背中を見せていても必ず挨拶をしてくれるが、これに反しテナントの美容室の美容師はいつも眠そうなので挨拶なしが挨拶になっていた。
それよりも掃除に必死の和美は、各会社が始まる頃には管理人部屋で一息付くのだった。
同じ派遣会社の管理人は年金暮らしの老男性。彼女は父と同年代の彼と仲良く仕事していた。
「和美ちゃん。来週さ。嫁さんの親が施設に入るので私も休まないといけなくなったよ」
「ここは大丈夫ですよ。私が鍵を見ますので」
「済まないね。私なんか行かなくても良いと思うんだけど」
面倒臭そうな彼に行かないと奥さんに悪いですよと和美は笑った。
こんな部屋の小窓に仕事の声がかかった。不動産屋の紹介で、空きテナントを見にきた客だった。
「弱ったな。今から工事の人が来るんでここを離れるのは」
「私が行きますよ。お部屋を見るだけですよね」
和美は鍵を持ち、下見男を案内した。
移動の際、彼女は来店客達にテナントの場所を問われた。
「コスプレ美容室はあそこ。建設会社は上階ですけど。そこの階段からどうぞ」
「ずいぶん丁寧ですね」
「だってお客さんに入って欲しいですもの。この部屋です。どうぞ」
「……日当たりは、最悪、か」
バブル時のビルが再開発ラッシュの中。この古ビルは立地が良いので新ビルができるまでの仮店舗として人気があった。男は部屋の使い方を聞いてきたが、和美は専門外だった。
「不動産屋とオーナーに聞いて欲しいのですが。よければお隣さんの店舗を覗いてみます？」
「良いんですか？」
「ええ」
和美は気の良い指圧師に声をかけ、室内を見学させた。客は感謝し帰っていった。そして彼女は掃除を再開した。
各階にあるトイレ。しかし１３階ビルを一人で清掃の彼女は全ての掃除ができない。
そもそも会社が安い報酬で受けたこの仕事。洗剤代も少ない和美は汚れた箇所だけ清掃するしか術がなかった。そんな和美はまた床を見てため息をついた。
「また髪の毛」
この階は全て美容室。トイレ時に衣服の髪を落としてしまうのだろう。共同スペースの汚れだが
清掃に制限がある和美はこの毛に悩まされていた。彼女は悲しく掃除をしトイレットペーパーを交換し廊下に出た。
「すいません。あのこれ」
「ああ。トイレットペーパーね」
このビルは各階に備品を置く場がない。少しでも空きスペースを賃貸にする家主に立腹の和美は以前、トイレットペーパーのタワーを作った。が、誰かが床に落とし溶けてドロドロ事件となった。
さらに盗難もある。このため和美は各階の会社事務員にこれを預けていた。夜勤や休日も出社している彼らにとっても助かるため快く預かってくれるのだった。
こうして交換した和美はビル内をついでに点検する。施錠や異常ランプを確認するのは管理人の仕事。しかし広いビル内であり和美も通るコースだった。同様の話で管理人も今頃は他の階のトイレットペーパーを配っているのだった。
そして昼近くとなった。和美は勝手に勤務時刻を早めているが、帰ることはままならない。そこで早く来た分、一休みをし、帰宅する日常を送っていた。
そして管理人の休日となった。
「すいません。部屋を見たいんですけど」
「担当者が不在ですがもしよければ」
指圧店に電話で許可を得た和美は客を向かわせた。他にも工事の人に箇所を説明したり何かと気忙しかった。
「あ？トイレットペーパーを交換しないと」
慌てて各階に行くと、なぜか交換してあった。
「あれ？おかしいな。え？」
「どうも」
美容室の階の廊下。ここを美容師がモップをかけていた。
「いつも世話になってるんで。当番でやる事にしました」
「助かります」
そんな和美が管理人室に戻ると、先日部屋を見に来た男がいた。
「今日は管理人さんは不在で」
「そうですか」
部屋を借りる事にした彼は先に駐車場を使用したいと話した。
和美は場所を教えた。
「あの場所は誰の邪魔にもならないので、今だけどうぞ」
「助かります。あの、これ」
「なんですか？」
自社の製品だと彼はくれた。
「綺麗な石鹸……これを私に？」
「ええ。これからも。よろしく」
そんな古ビルの床は傷が目立ち壁紙は剥がれかけていた。
しかし、笑顔だった。
Fin
